好調を維持する浦和レッズの中心選手であり、3年8ヶ月ぶりに日本代表にも選出された柏木陽介選手。常々「日本代表としてワールドカップに出たい」という夢を公言してきた彼が抱くもうひとつの夢とは――。

 

 自身と同じく母子家庭で暮らす家族に対して、少しでもいいから貢献したい。柏木陽介はそんな夢を持っている。

 今年1月に刊行された自著「『自信』が『過信』に変わった日 それを取り戻すための2年間」にはこんな一節がある。

 

「僕はずっと小さいころから『母子家庭』で育ってきた。(略)
 親元を離れた(編集部注・サンフレッチェユースでの)寮生活には、当然のことながら安くないお金がかかる。母は、朝から晩まで働いていた。加えて、母のもとにはまだ、大学進学を控えた兄、小学校6年生の妹がいた。稼ぎ手は、母ひとり。女手ひとつで育てるのは並大抵のことではなかったはずだ。(略)
 正直に言うと、その当時はあまり母の気持ちが分かっていなかった。僕は、サンフレッチェ広島ユースに行ってプロになってやる、という野心のほうが大きかった。母の苦労というのは、プロになって、お金を稼ぐようになってようやく分かったことだ。」

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そのため、本書の印税は全額母子家庭支援に使うと決め、本にもそう記した。

 

 具体化したのは今シーズン前。どんな取り組みができるか、スタッフと打ち合わせを重ねた。柏木がもっとも気を使ったのは1回だけの取り組みで終わらせないこと。少しずつでもいいから、長く続く支援活動であることにこだわった。

 

 そして10月3日。埼玉スタジアム2002で行なわれたサガン鳥栖戦に、とある児童養護施設の子どもたちを10人招待するにいたる。試合前はスタンドにいる子どもたちに手を振り、試合後にはサインボールや記念撮影に応じた。柏木は言う。

「子どもたちにサッカーを見てもらうこと、触れ合うことで何かを感じてもらえたんじゃないかなと思います。どんな状況でもハングリー精神を持って生きてほしいな」

 肩を組んだ子どもの一人は「もう一週間風呂に入らない!!」と叫び、また試合に夢中になった子どもは「次の試合はいつ、どことだっけ? フロンターレかあ、楽しそう!」と携帯でチェックを始めた。そんな子どもたちの姿を見て、柏木陽介は自身の夢へも気持ちを新たにする。

「代表はやっぱり偉大な場所。もちろん試合に出たいけど、とりあえずこのチームの戦術を知り生き残ること。その上で自分の持ち味を存分に出して、このチームの中心になっていきたいと思いましたね」

 招待したこの日は、奇しくも3年8ヶ月ぶりの代表復帰後発表初の試合の日。

 柏木陽介は「ワールドカップ出場」と「継続的な母子家庭支援」というふたつの夢へ、第一歩を踏み出した。

 

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柏木陽介選手の取り組みは今後もこのサイトでご報告してまいります!

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