「夢は、メジャーの先発投手」。大学時代にきら星のごとく現れ、在学時にメジャーからオファーが来るなどその「夢」を追い続けてきた上原投手。紆余曲折を経てメジャーへと活躍の場を移して以降、主戦場はセットアッパー、クローザーだった。メジャーで先発投手として活躍する、という夢をあきらめ、その先にあった自分の持ち場で一流となる。そこにある哲学に迫る。

悩まず受け入れられた「中継ぎ」

 

――今回の質問は「夢をあきらめたあとにある生き方とは?」なのですが、少し説明をさせてください。上原投手はかつて「夢はメジャーで先発投手」とおっしゃっていた。残念ながらメジャーで先発投手は断念せざるを得なくなったわけですが、その後、クローザー、セットアッパーとして確固たる地位を築き上げられました。夢の次のステップ、そこでどういうふうに考え、行動してきたことでいまのポジションがあるのかをお聞きしたいのです。

はい。まあ、いまでも先発をあきらめてないですけどね(笑)。

――なるほど!

はははは。いや、まあ現実としてそれはなかなか難しいんですが、確かに先発へのあこがれというか、こだわりはあったと思います。でも、いろいろなポジションを経験して自分がなにを本当に成し遂げたかったか、それを突き詰めて考えたんです。

振り返ると、ジャイアンツから念願だったメジャーへフリーエージェントで移籍できた。そのときは先発だったわけですね。でも、二カ月くらいで怪我をする。このときは「ああ、もう投げられないかも……」と思ったくらい落ち込んだ。そして、翌年所属していたボルチモアから中継ぎ転向を言い渡されました。
実は、このときはあまり悩まず受け入れられたんですね。
「わかりました」と。
ただ実際にシーズンに入ると、中継ぎといっても敗戦処理に近い起用が多かった。だからそのときは「なにしに来たんだろう」と悩むことも多かった。

それで考えたんですね、その何しに来たんだろう、ということを。

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