日本神話の最高神とされる天照大御神。吉野ヶ里遺跡などのデータを科学的な方法で分析、整理すると「天照大御神=卑弥呼」説が浮かびあってくる――!?その根拠を徹底検証する第5回。
 


実在が確実な第31代用明天皇から
昭和天皇まで、その在位年数を比較すると…

 以前紹介した和辻哲郎が述べた「邪馬台国東遷説」には、年代論的根拠を与えることができる。

用明天皇から昭和天皇まで、99の天皇について400年ごとに分けた各時代の天皇の平均在位年数(1~4世紀は史料がないため、予測値)。




 
 上の「天皇の平均在位年数」のグラフに示したように、400年間程度を一つの期間とみると、天皇の一代平均在位年数は、現代に近づくにつれしだいにのびている。天皇の一代あたりの平均在位年数は、「5~8世紀」の400年間は、11年ほどであったのに、「17 ~20世紀」の400年間では、22年ほどである。つまりほぼ2倍にのびているのだ。

 古くは、天皇の平均在位年数はほぼ10年程度であった。たとえば、次のような記録がある。

①「君、十帝を経て、年ほとほと(ほとんど)百」
 この文は、奈良時代のことを記した基本文献である『続日本紀(しょくにほんぎ)』の、第47代淳仁(じゅにん)天皇の、天平宝字(てんぴょうほうじ)2年(758)8月25日の条に記されている。これは、第36代の孝徳天皇から第46代の孝謙天皇までが、10代で104年ほどであることを述べているのである。すなわち、天皇一代の平均在位年数が、およそ10年程度であることは、奈良時代の人たちがおおよそ認識していたことなのである。「奈良七代七十年」という言葉もある。

②第31代用明天皇は、実在も、活躍年代も、歴史的に確実である。用明天皇は、3年程度しか在位しなかったが、586年に在位していたことはたしかである。一方、第50代の桓武(かんむ)天皇は、奈良時代の最後の天皇で、794年に、平安京に遷都としている。これを桓武天皇の活躍年代とみる。
第31代用明天皇の活躍年代から、第50代の桓武天皇の活躍年代まで、19 代で208年間となる。そしてその一代あたりの平均在位年数は、10.95年となる。

③第21代雄略天皇は、478年に中国の宋そうへ使を出した倭王武(わおうぶ)とみられている。

 478年を、雄略天皇の活躍年代とすると、第21代雄略天皇の活躍年代478年から、第50代桓武天皇の活躍年代794年まで29代で、316年間となる。一代平均の在位年数は、10.90年となる。

 

《天照大御神が卑弥呼であると言える理由 第6回へつづく》