成功の裏には、必ずやそこに導いてくれた人物との出会いがあるもの。関根さんにとって、人生を左右した出会いとは? ブレイクに導いてくれた人物との出会いを語ってもらった。

欽ちゃんがボクの毒気を吸ってくれた

  関根さんの芸能生活において、やっぱり一番しんどかったのは20代ですか?

20代ですね。やっぱり『カックラキン~』時代ですよね。『欽どこ』が始まるまではきつかったですね。

  ブレイクといっていい歳は、いくつくらいからですか?

『笑っていいとも』は、31歳か32歳だったんですよね。『スーパーからくりテレビ』もその辺です。

  それ以前とは、また違うステージにというか、違う出方になってるという感じですね。

やっぱり萩本欽一さんとの出会いは大きいですよ。最初に「ラビット関根という名前はやめろ」と言われて「関根勤にします」って言ったんですよ。その後、ボクは同じことやってるのに、2年くらい経った時に、雑誌のインタビューを受けたら、インタビュアーが「最近いいですね」って言うんですよ。「は? オレは、何にも変わってないですけど」って感じですよ。自分の中では、芸風は全く変えてないんです。でもそれは、枠っていうんですかね……『カックラキン大放送』の“ラビット関根”っていう奇をてらった変な名前のタレントが、“カマキリ男”という殺し屋をやってるという枠から外れて、萩本欽一さんの枠に入ったからそう感じたんじゃないかと思うんです。

  たしかにラビット関根は、『欽どこ』や『笑っていいとも!』に出ている関根さんとは違いましたね。

カマキリ拳法という激しい動きをして、なんかトゥーマッチな演技をしているという枠と、欽ちゃんファミリーの関根勤……黒子っていう一番下の地味な役で、小堺君という非常にかわいらしい有能なパートナーがいて、『欽ちゃんのどこまでやるの』という柔らかいイメージがあって、見栄晴がいるというところに入って変わりましたよね。ボクの毒気が全部浄化されていくんですよ。『カックラ~』はボクの毒気を全部足していってたんですよ。欽ちゃんファミリーが全部その毒気を吸ってくれちゃう。そうすると「気持ち悪い」とか、「生理的に嫌だ」っていうところが外されて、ボクの芸を見てくれるようになるんです。ものまねも面白いねとか、すごく自然体だな、とかってね。それが欽ちゃんマジックなんですよ。

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