片や英雄”、片や“A級戦犯”と、両極の評価をされているナポレオンと東條英機ですが、果たしてそれは正しい歴史の見方なでしょうか・・・?
工学博士・武田邦彦先生が、歴史を一つの事象として冷静な目で検証すると、私たちが学校で習ってきた「近代史」とは違った答えが出てきました!

人は知らず知らずのうちに非常識な中にいて、それは膨大な歪みエネルギーを生じます。そしてあるときに「矛盾に満ちた旧体制」が破壊されるのです。

社会に歪みエネルギーが蓄積しているとき、それは徐々に解消していくのではなく、一気に爆発的に解消します。

それが「フランス革命」(人は生まれながらに差がある→差がない)、

「大東亜戦争」(力のある国が力の弱い国を自由にする→国家は平等)

という激しい流れとなりますが、そこでは「人の命」は、残念ながら軽くなります。

 

「フランス革命で平等となった人」と「大東亜戦争で平等になった国家」-。それぞれまったく新しい概念だったので、「宣言」が必要でした。

人の場合はフランスの「人権宣言」、国の場合は日本が提案した「人種差別撤廃条項」でした。「人種差別撤廃条項」については、日本人は学校で教えないので、一般的には名前も知られていませんが・・・。

 

当然のことですが、それまでの秩序を破壊しようとすると、周囲の反発が強くなります。

フランス革命の後「対仏大同盟」ができ、日本が台頭すると「ABCD包囲網」が形成されます。

 

日本がハワイを攻撃したとき、作家の武者小路実篤と、かの太宰治は次のように言っています。

 

武者小路実篤「12月8日はたいした日だつた。僕の家は郊外にあつたので十一時ごろまで何も知らなかつた。東京から客がみえて初めて知つた。『たうたうやつたのか。』僕は思はずさう云つた。

それからラジオを聞くことにした。すると、あの宣戦の大詔がラジオを通して聞こへてきた。僕は決心がきまつた。内から力が満ちあふれて来た。『いまなら喜んで死ねる』と、ふと思つた。それ程僕の内に意力が強く生まれて来た」

 

太宰治「しめきつた雨戸のすきまからまつくらな私の部屋に光のさし込むやうに、強くあざやかに聞こへた。二度朗々と繰り返した。それを、ぢつと聞いてゐるうちに、私の人間は変はつてしまつた。強い光線を受けて、体が透明になるやうな感じ。あるひは、聖霊の息吹を受けて、冷たい花びらをいちまい、胸の中に宿したやうな気持ち。日本も、けさから、ちがふ日本になつたのだ」

 

なぜ、彼らはこう言ったのでしょうか? 

現在の私たちは「開戦すべきではなかった」と言うほど判断力があるのでしょうか?

 

ナポレオンも東條英機も、ともにそのような歴史の大転換点にいて、その役割を演じた人物でした。

一人はフランス皇帝としてフランス革命の後のヨーロッパに君臨し、一人は日露戦争という有色人種初めての勝利を受けて、一気呵成に「有色人種のすべての国の独立」という業を達成したー。


ところが、日本の歴史教科書をはじめ、マスメディア、知識人などはこのような歴史観を持っていません。

ナポレオンは歴史的な「英雄」として高く評価されていますが、東條英機は「A級戦犯」として低く評価されています。
しかし、近現代史を俯瞰して整理してみますと、ナポレオンが「英雄」なら、東條英機は「大英雄」とも言えるのです。

詳細は『ナポレオンと東條英機』というタイトルで新書の新刊に書きましたが、「人種差別撤廃」に貢献したのはナポレオンではなく、東條英機です。

 

歴史教科書をはじめ、欧米人目線で書かれた「歴史」が、世界の“常識”になっていますが、視点を少し変えるだけで、正反対の評価も可能となるのですー。

<了>