《連載書き下ろし再開予告》
森博嗣『道なき未知』は、月刊誌『CIRCUS』で2012年より連載第1回がスタート。第11回まで原稿は掲載されましたが、『CIRCUS』休刊に伴い連載は休止。執筆済の第12回の原稿は未公開。今回これまでの連載原稿を順次再録し、第13回からは著者が新たに書き下ろしいたします。

 

第8回 

道は入口が関門

 

歩き始めるまでが山場

 

 朝目が覚めたとき、今日は何をしなければならないか、と思い出して溜息をつく人は多いだろう。少なくとも、出勤しなければならない、登校しなければならない、など、たいていの人(特に若者)は、「しなければならない」ことが決まっている。そういう「支配」が、仕事、学業、だとみんな考えている。

「仕事だからしかたがない」と諦めてもいるだろう。

 僕が初めて就職したのは研究職(大学の助手)だった。仕事は研究だ。これにはノルマというものがない。しなければならないことは、何一つない職場だ。出勤簿さえない。何時に出勤しても良い。いつまでいても良い。たいていの場合、自分の部屋には自分しかいないから、一日誰にも会わないことだってある。

 朝起きたときに考えることは、「今日は何をしようか」だった。しなければならないことはなく、何をしても良い。すべて自分で考え、自分で計画を立てて、自分だけで作業を進め、仕事を片づけるのだ。

 こういった状態は非常に「自由」ではあるけれど、一方では大変なストレスである。上司から「これをやってくれ」と頼まれたら、ほっとする。わかりやすくてゴールがある作業は、精神安定にも良い。やれば片づくし、できれば終るし、仕事をしたと明らかに示せる。それに比べて研究は、まず何をすれば良いか考えなければならないし、それができるものかどうかもわからない。できるとしても、いつ完成するか見当もつかないものばかりだ。

 そういう職場にいると、作業が始められることは、この上ない幸運であって、問題が見つかってスタートを切れることが夢のように嬉しい。「さあ、仕事ができるぞ」と思えるからだ。

 道というのは、歩くところが決まっている筋である。どこを歩くのか、どこへ向かって歩くのかが決まっていれば、ただ進めば良い。なによりも難しいのは、明らかに、歩き始めるまえの段階なのである。

 

苦労がなければ仕事ではない

 

 もし、あなたの仕事が、やることがきちんと決まっている作業だとしたら、それは楽な道である。肉体的に大変なものはあるけれど、とにかく進めれば良い、というだけだ。そういう仕事は、そのうち機械化されてしまうかもしれない。

 どうすれば良いか決まっていないような作業を任されたら、つい「はっきり方針を決めてほしいよな」という愚痴が出る。「どうすれば良いか教えてほしい。言われたことはきちんとするから」なんて怒る人もいる。でも、こういうのが本当の仕事なのだ。あなたの判断に任されている割合が多いほど、高等な仕事といえる。つまり、人間の頭脳が必要な作業という意味だ。

 また、あなたの仕事が上から下りてきたとき、その仕事を作っている人は、あなたよりも偉い。物事を解決するよりも、問題を見つけて仕事を作る人間の方が頭を使う。だから、人間として能力が求められるし、そういう人が職場で「上」になる。まあ、なかには、つまらない仕事ばかり作る上司もいるけれどね。

 たとえば、カメラで写真を撮るとき、何を写すか、どういう構図にするのか、という決断が最大の仕事である。「さあ、撮るぞ」と決まったら、シャッタを押すだけだ。あとは機械がやってくれる。写真を撮るという仕事は、実は写真を撮る動作を起こす以前にすべて終っているのである。世間で観察される仕事の多くは、このカメラがやる段階の作業でしかない。何をいつ行うのか、という判断をしている人が、本当の仕事をしているのだ。

 ほとんどの道は、道を歩きだしたときには、その大半は終っていると考えても良い。どの道をいつ歩きだすのか、というところに最大の人間的決断がある、ということ。

 

反省しない人

 

 前回、「奥様の意見を聞いて反省し、軌道修正する」と書いたのだが、今度は編集部から、「軌道修正しないで、今のままでお願いします」というご意見をいただいた。

 実をいうと、森博嗣は反省しない人である。「拘らない」をポリシィにしていると、必然的に反省を軽視する。心にもないことを書いてしまったと反省している(また、心にもないことを書いてしまった)。

 これらからも明らかなように、人ぞれぞれいろいろなんだな、ということがわかるだろう。それが前回のテーマだった。したがって、どんな道を歩くのかは、結局は自分で選ばなければならない。そして、選びさえすれば、あとは地道に前進する以外にない。もちろん、途中で引き返して、別の道も歩ける。その決断もまた、あなたが決めることである。

 

5月のGWまえに、ウッドデッキを拡張した。 これからゲストも増えるしバーベキューの季節。