国際教育支援NPO「e-Education」創業者の税所篤快(さいしょ・あつよし)と申します。

平成元年生まれ、ただいま26歳。19歳のときに友人とバングラデシュに渡ってから、五大陸にDVDの映像授業を届けることで、世界中の教育格差の打開に取り組んできました。現在は、アフリカのソマリランドとバングラデシュのダッカを行き来していくつかのプロジェクトを進めています。

高校時代は偏差値28を叩きだした「落ちこぼれ」だった僕が、なぜこうしたプロジェクトを進められるに至ったのか。

そんな僕のスタートアップの物語を、僕をサポートしてくれた人々と言葉からお伝えしていこうと思います。

いよいよ最終回。僕を実践者の世界に引き入れてくださった、グラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁です。

 

Do it ! Do it ! Go ahead !

 

グラミン銀行の創設者にして、2006年にはノーベル平和賞を受賞したムハマド・ユヌス総裁。GCMPで20名の日本人学生がバングラデシュにやってきた初日、ユヌス先生が直接レクチャーをしてくれることとなった。

「ハロー!」

大会議室にハイテンションで現れたユヌス先生は、オーラ全開だ。世界的な名声のある人物なのに、全く偉ぶるところがない。ユヌス先生は日本の技術力の高さを讃え、テクノロジーが貧困層を救うのだと説いた。

「君たちのような日本の若者はポテンシャルがとても高い。しかし、いまの日本のテクノロジーは、途上国のほうを向いているだろうか。途上国の貧しい人のために、日本はその技術を応用して欲しい。それこそが、貧困層の生活を根本的に改善する可能性を持っているんだ。

実際に日本人の学生に求めているのは、そういった新しい可能性を見つけることなんだ。チャレンジは明日から? そんなことを言わずに、今日から取り組んで欲しい」

長時間にわたる熱いメッセージに、参加者のテンションは最高潮を迎えていた。

ユヌス先生は言った。「日本のテクノロジーの使い道を、途上国のために考えて欲しい」。

GCMPでは発表しなかったものの、僕には一つのアイデアが浮かんでいた。

「先生が4万人も足りていない」

落ちこぼれだった高校時代の僕は、東進ハイスクールに通うことで、早稲田大学に逆転合格を果たしたのだった。DVD授業ならば、先生を増やすことができるんじゃないだろうか。

GCMPを終えて東京に戻った学生チームの協力を得て、僕は東京理科大学の実験室とグラミンのインターネットセンターをスカイプでつないでもらった。日本で巨大なシャボン玉を作る映像を同時中継し、バングラデシュの子どもたちに見せてあげたのだ。スクリーンに身を乗り出さんばかりに歓喜する子どもたちの様子を見て、僕は確信した。

「映像授業のモデルは、きっとバングラデシュの教育に革命をもたらす」

僕はこのアイデアをソーシャルビジネスとして実施するために、トップのユヌス先生に許可を得ようと考えた。とは言っても、一介の学生がユヌス先生にプレゼンする時間を得られるはずもない。そこで僕は、ユヌス先生が誰かと一緒にいる時間を狙って、突撃プレゼンする計画を練ったのだ。

九州大学の研究チームが一通りのプレゼンを終え、ビュッフェが運び込まれたランチの午後。ユヌス先生はグラミンのお偉方と談笑しながら食事をとっている。ここだ、と思った僕はユヌス先生のもとへダッシュした。

「ユヌス先生! 僕は日本で東進ハイスクールという予備校に通っていました!」

ユヌス先生は昼食をとる手をとめ、驚いたような顔で僕を見つめた。

「僕はそこですべての授業をDVDの映像で受けたんです。すべてです、信じられますか? もっと信じられないことに僕はそこで学習したおかげで、早稲田大学に入ることができたんです。DVD授業のモデルを使えば、いつでも、どこでも、誰でも、最高の先生の授業が受けられるんです。バングラデシュの農村では4万人の教員が足りていません。この教育モデルを応用したソーシャルビジネスで、教員不足の解決に挑みたいんです!」

3分もないプレゼンの時間だったが、ユヌス先生は口を開いた。

「面白いじゃないか、君の話を聞くところでは、もうトライアルを終えているね」

そして僕にとって、生涯忘れられないだろうセリフを言ってくれたのである。

「Do it ! Do it ! Go ahead !(前へ! 前へ! 前へ!)」

僕はこの映像授業モデルで、のちに教育支援NPO「e-Education」を立ち上げることになる。

ユヌス先生の言葉は、僕を実践者の端くれに押し上げてくれた。