「クロちゃんな、笑える話があってさ。

アマゾン川河口の人々は、海に開けているから都会だって意識を持っているんだって! それでさ、中流域に暮らす人々を見下すわけよ。

その中流域の人々は、さらに上流の連中は電気も通ってない暮らしじゃないかって蔑むんだよ。

上流に暮らす人々は、源流域に住む奴らはまだ裸だぞ! って、蔑むわけ。でさ、源流域の人々はなんつったと思う?!

『俺たちは、獣や魚とは違うんだぞ!』ってな。差別してりゃ安心が得られる、不安を、差別することで解消してんだよな。

アマゾンの恵みは、平等なのにさ」

「と言うことは、差別するような本屋って人間ができてないどころか、仕事もうまくいってないことを証しているようなものなんですね」

「金持ち喧嘩せず、って言うだろ。

まさに上流域は安泰で、下流の人々に反目させ合って差別を助長しているわけさ」

「本を読めば、己のルーツを知ることができる。本からはご近所と且つ、お隣の国々とのお付き合いがわかってくる。

本からは、宇宙から見た地球の危うさだって見えて来るんだよ!

わかるか、ひとを差別して安心していられる場合じゃないんだぜ」

 

アタマの中には、The 5th Dimensionの「Up Up and Away」が流れる。

Scene.25 向かい風が吹いてきた、飛べ!

 

「表現の自由を守るために」零細出版社の、本や雑誌を積極的に扱うなどといったら野暮も極まりないかな。

店の個性化のために、少しでもユニークな出版物は高円寺で売れそうと思えば扱うようにしていた。と、いうことにしておこう。

ひとり出版社や、極小出版社の方々は自社出版物同様に個性溢れたキャラの持ち主だった。

山梨からSF雑誌を持って来る女性の荷物は、ボクらの神田村仕入以上。かつて池袋の生家に来ていた野菜売りの、千葉のおばちゃん未満。2・3冊しか売れない号の清算は、こちらが申し訳ない思いがした。

茨城からだったと思うが、「田舎者ですから」を連発する社長とは話が合った。というよりも、教えられることばかり! 

学歴と知識があってもインテリ臭はせず、なだいなだの本を読むような平易な語り口に魅せられてしまった。要は田舎の在でも、地球的な世界観と歴史認識をお持ちで『町のねずみと田舎のねずみ』の絵本のタイトルパクりで「東京にいようが、『田舎者』になる危険」を教わったってことなんだ。

関西から来る営業マンには痺れた! 関西弁も、押しの営業もコテコテの大阪パワー。この新刊は何冊、この新刊は何冊と迫って来るのをクールにかわして注文。迫力に屈しない判断力、というのを学んだものだった。

小零細の出版社の方々から、書店営業の本音の話を聞くうちに驚いたというより悲憤慷慨したことがある。

「来るなら、ネクタイを締めて来い!」

新刊見本を、投げつけて「こんなものは扱わん!」

「店長はわたしだけど、店長は休みで不在だよ」

そう言ってよこす彼らに、なんと答えたか・・・・あまりに恥じ入り、記憶しなかった自分も恥ずかしい。

零細出版社に粗製乱造はあり得ず、一点一点が魂と情熱のこもった書物。彼らと同じ地平に立った本屋なら、そんな暴言が吐けるわけがない。

クールに論評できても・・・・やめとくさ!