今なお、江戸の面影が色濃く残る東京の町といえば、江東区の西側あたり、かつて「深川」と呼ばれた町を思い浮かべる人も少なくないだろう。江戸の下町・深川を舞台にした時代小説を数多く書いてきた山本一力さん。彼自身、ここに暮らして二十年余りという。今なお、江戸の顔が垣間見えるこの町を散歩しながら、深川の魅力の奥深さを語ってくれた。
 

すべては八幡様の境内から

 山本一力が書く物語には、長編掌編問わず、深川という地名が必ず登場する。『だいこん』のつばきが弁当屋を構えるのは深川永代寺門前仲町の空き地だった。『研ぎ師太吉』が引っ越してくるのは深川黒江町の裏店だ。『深川駕籠』の新太郎と尚平は一日の商いを決まって八幡様(富岡八幡宮)の大鳥居下から始める。

「おれの作家人生も八幡様の境内から始まったんだよ」 深川暮らしが長い山本は今も一日と措かず、八幡様とお不動様(深川不動堂)への参詣を欠かさない。時に住職と言葉を交わし、仲見世通りの露店をひやかして歩く。

「それまでは大川(隅田川)の西側、中央区の佃島に住んでいたんだよ。会社を潰し、2億の借金を抱えて、追いつめられて小説を書き始めた。他に能がないからね。大川の東、江東区側のほうが家賃も安いだろうとこちらへ引っ越してきた」

 富岡二丁目に居を定める。新人賞応募のための作品を書きあぐねていたある朝、ドーンという太鼓の音にひかれて、人の気配のない八幡境内に足を踏み入れた。本殿前の石段に腰を下ろし、狛犬の台座に刻まれた享保12年奉納の文字をながめ、鎮守の森の清冽な朝の気を吸い込んだ時、「ああ、ここは江戸と地続きの場所なんだ」と深く感じ入ったと言う。

 急いで家に戻り、それまでの原稿を全部捨てて一気に書き直した。新人賞の最終選考に残り、のちに手を加えて単行本化されたその作品の名を『大川わたり』という。

(次回へ、つづく)

山本一力(やまもと•いちりき)
1948年高知市生まれ。旅行代理店や広告制作会社、コピーライターなど数多くの職業を経験した後、1997年『蒼龍』でオール讀物新人賞を受賞してデビュー、2002年『あかね空』で第126回直木賞受賞。『大川わたり』『ジョン・マン』『深川駕篭』シリーズなど著書多数。
 
『大川わたり』山本一力著(祥伝社文庫)
博打にはまって仲間の家庭まで壊してしまった大工の銀次。日本橋の老舗呉服屋の手代として新たな人生を歩み始める。かつて、博打の親分と交わした約束は、「二十両を返し終わるまでは、大川を渡らないこと。破った時は、命はない」。だが、渡れない川を越えなければならない出来事が起きる‥‥。