今なお、江戸の面影が色濃く残る江東区の西側あたり。江戸の庶民たちが暮らした町「深川」は、時代小説家•山本一力さんにとって ”始まりの町”で、彼の作家人生は、この町の富岡八幡宮からスタートしたという(前回紹介)。
 前回、新人賞応募作『大川わたり』誕生秘話を教えてくれた一力さん。今回は、住み始めてから二十数年という彼が、人情の町•深川について語ってくれた。
「江戸名所深川八幡の社」/安藤広重(国立国会図書館蔵)

 

新開地ゆえの粋な人情

「深川は人情の町、なあんて言うけれども、ここはもともと埋立地、新開地だからね。流れ者の町。江戸の市中には水道が引かれていたけれど、こちら側はみな水売りから水を買うような下層の町。だからこそ助け合い、力を合わせて仕事をし、祭りではひとつになる。でも詮索はしない、領分は越えないという粋な交情が育まれたんだ」

 住み始めてすぐに八幡様の氏子になった。富岡八幡の例大祭=8月15日の〈深川祭〉は、江戸三大祭のひとつに数えられる。3年に一度の本祭では永代通りに交通規制がかけられ、練り歩く百二十余の神輿は、あちこちから水を浴びせられたはてに大川へと入ってゆく。

 山本が祭りの手伝いで初めて小さな仕事を振られたのは住み始めて6年め。深川の住人として認められたような気がして嬉しかった。9年めに『あかね空』で直木賞をとった時は町じゅうで祝ってくれた。多忙になり家を空けることが多くなった時には、まだ幼かった子供のために、近所の人がそっと晩ごはんのおかずを置いていってくれることもあった。

(次回へ、つづく)

清澄公園にて。一力さんは、この近くにあるパン屋さんがお気に入りという。

山本一力(やまもと•いちりき)
1948年高知市生まれ。旅行代理店や広告制作会社、コピーライターなど数多くの職業を経験した後、1997年『蒼龍』でオール讀物新人賞を受賞してデビュー、2002年『あかね空』で第126回直木賞受賞。『大川わたり』『ジョン・マン』『深川駕篭』シリーズなど著書多数。