「読書で知的武装」するなんて実にくだらない!
「情報を仕入れるための読書」から、いい加減、卒業しよう!
ゲーテ、ニーチェ、アレント、小林秀雄、三島由紀夫……
偉人たちはどんな「本の読み方」をしていたのだろうか?
正しい「思考法」「価値判断」を身に付ける読書術とは?
哲学者・適菜収が初めて語る「大人の読書」のススメ。
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第2回

読書術・読書論を100冊読んでみた

 

 世の中にはいろいろな人がいます。

 知り合いのオッサンが「盗難が心配だから海外にはクレジットカードではなくて現金を持っていく」と言っていて、驚愕したことがあります。現金を持ち歩くのが危ないからクレジットカードを使うのに。

 あるとき、そのオッサンの自宅の鍵のホルダーに住所が書いてあるのに気づいた。

 本人曰いわく「万が一落としたときのために」だって。

 こうした人たちは「残念」ではありますが、個別にはそれほど害はない。

 もっとも、人畜無害な連中が集合することにより野蛮が発生するという過去の歴史を反省する必要はありますが、もっと直接的に世の中を悪くしている連中がいます。

 それは厖大な知識をもつバカ、権力を動かす「とりかえしのつかない人」たちです。

 彼らは思考回路が歪んでいます。

 しかも、圧倒的な自信をもっているので、現実を自分の思考回路(思い込み)に合わせようとする。

 この手の人たちが愛読する「読書術」「読書法」「読書論」があります。

 戦略的に情報を摂取し仕事につなげるとか、金持ちになるとか、出世して社会で認められるようになるとか、心が豊かになるとか。

 でもそれは読書の本質とは関係ない。

 本書を書こうと思ったきっかけも、あまりにもくだらない「読書術」「読書法」「読書論」が書店に並んでいるので、その根底にある病を明らかにしておいたほうがいいと思ったからです。

 今の世の中では「読書」はどのように語られているのか?

 それを調べるために、いつも使っている図書館サイトで検索したら、「読書」というキーワードで九二一件ヒットした。そのうち、明らかに関係のない本(たとえば『読書感想文の書き方』といったもの)、あるいは明らかにまともではない人が書いた本などを除き、一〇〇冊に絞り込みました。ネットで予約し、一応すべてに軽く目を通した。

 これらを大きく分けると次の五つくらいになるのではないでしょうか。

 一つ目は、読書のテクニックについて書かれたものです。

 速読法や、付箋や三色ボールペンの活用法、パソコンが登場する前の読書術、たとえば紀田順一郎の「読書カードをつくれ」みたいなものもここに含まれます。それほど益もないけど、特に害もない。

 二つ目はマウンティング系です。

 サル山のボスになりたい人たちが、自分がどれだけ本を読んできたかという自慢話を繰り広げる。要するに薀うん蓄ちく合戦ですね。立花隆と佐藤優の対談みたいに一部には面白いものもありますが、数万冊読んでいる人の読書論は「とりかえしのつかなくなりそうな人」にはほとんど役に立たない。

 こういう本を喜んで読むのは、基本的に情報により武装したい人たちです。

 しかし、情報により武装すると、より頑迷なバカになる危険性がある。

 彼らは圧倒的な自信のもと「知」を技術的に扱う。

 後ほど詳しく述べますが、子供は読書により武装しますが、大人は読書により武装を解除しなければならない。

 自分を不安定な場所に置くことが大人の責任です。

 三つ目は、ノスタルジー系。

 老人が自分の若い頃の読書を語る。

 基本的に時間のムダ。

 四つ目は、羊頭狗肉系。

 読書論の体裁をとってはいるものの、新聞や雑誌に書いた書評をまとめただけ。

 そして五つ目がいちばん重要ですが、読書の本質を語った本です。たとえばドイツの哲学者アルトゥール・ショウペンハウエル(一七八八~一八六〇年)の『読書について』のような本。そして圧倒的にこれが少ない。

アルトゥール・ショウペンハウエル
1788〜1860年。ドイツの哲学者。著書に『意志と表象としての世界』など。
 

 今の社会では読書の前提が狂っています。

 すでに述べたとおり、効率よく情報を手に入れることが、読書の目的と勘違いされている。

 小手先の技術を身につけて、万が一仕事がはかどるようになったとしても、せいぜい企業にとって使い勝手のいい労働者になるだけです。

 家畜になるだけです。

 自己啓発書のような読書論があまりにも多いのは「周囲の人間からどう思われるか?」という卑近な問題しか考えていない人が多いからでしょう。

 読書の本質は、もっと危険なものです。

 それは読者に反省を迫る。

 迷妄の時代の中で暮らしている、深く病んでいる、精神の奴隷であるという事実を直視し、真っ当な世界につながる努力をする。未来や過去といった長いスパンを基準にして現在を考える。世論に流されるのではなく、人類が維持してきた正気について考える。そのための読書です。

「とりかえしのつかない人」とは、近代大衆社会において正気を失い、時代に流されるしかなくなった人です。

 家畜は、結局、何もわからないまま、死んでいく。

 

〈第3回「速読バカになるな」につづく〉

 

著者略歴

適菜 収(てきな・おさむ)

1975年山梨県生まれ。作家。哲学者。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『日本を救うC層の研究』(講談社)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)など著書多数。