TwitterをはじめとしたSNSの発達によって、企業から個人までもが簡単に「炎上」する時代となりました。では、その「炎上」が起こる構造とはどのようなものでしょうか?

「ブスは整形しろ」と切り取るメディア

たまに「これはわざわざ言わなくてもよかったかな」と思うことはあって、そういう発言で騒がれるのは仕方ないなと感じているんです。ただ、僕としては正しいことを言っているつもりなのに、ネット上で発言が部分的に切り取られて紹介されることもよくありますね。それがきっかけになって炎上することも多いので、そういったケースにはやるせなさを覚えますね。

以前、NHKの全国学校音楽コンクールを観ていたときに、自分のツイッターで「テレビで中学生くらいの子たちが合唱してるんだけど、顔の造形がありありとわかって辛いから、子どもたちももっとみんなメイクしたり、髪型や髪の色をばらばらにしたほうがよいと思う」とツイートしたんです。
そしたら途端に各方面から批判が殺到しました。ネットニュースやまとめサイトでは「古市が“ブスは整形しろ”と言っている」とまとめられる始末。僕は誰のことも「ブス」とは呼んでないし、一言も「整形しろ」とは言ってないんです。

ただ、「整形がもっと社会的に認められてもいいんじゃないか」ということを書きましたし、今でも思っています。学力をはじめとして、さまざまな取り組みに「努力」が推奨される社会なのに、なぜ「見た目の顔つきを変える努力」は評価されないのか。もっと整形が柔軟に受け入れられる社会にしていった方が健全じゃないのか……僕はそう主張したかったんです。

炎上の火種になりやすいようなメディアって、アフィリエイトの広告収入で成り立っているものがほとんどだから、PVを稼がないといけないんですよね。
だから、「ブスは整形しろ」みたいに短絡的にまとめられたり、エッジが立つようにニュースを切り取る。事情は察しますが、やっぱり事実を歪曲して伝えてしまうような記者やメディアの未来は心配です。そんな記事なら、そのうち人工知能でも書けるようになるでしょうから。

僕は、炎上の根っこにある感情って「好き嫌い」だと考えています。そういう意味では、炎上というのは社会的な非難ではなくて、イデオロギーの衝突だと言えるかもしれません。もともと右翼と左翼も「あいつらが気に食わない」という感情が先にあって、「あいつらとおれらは違う」ということを示すために生まれた……なんて話もありますからね。

多くの炎上が「好き嫌い」のぶつかり合いだと思うと、炎上したときの立ち振る舞いって興味深いですよね。あの人は批判するんだなとか、この件については黙っているんだなとか、いろいろな学びがあります。

 

明日の第九回の質問は「Q9.率直な発言をすることで起こる、“炎上”をリスクだと感じることはありませんか?」です!