「読書で知的武装」するなんて実にくだらない!

「情報を仕入れるための読書」から、いい加減、卒業しよう!

ゲーテ、ニーチェ、アレント、小林秀雄、三島由紀夫……

偉人たちはどんな「本の読み方」をしていたのだろうか?

正しい「思考法」「価値判断」を身に付ける読書術とは?

哲学者・適菜収が初めて語る「大人の読書」のススメ。

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第9回

理由は聞くな、本を読め

 

 ノンフィクションの話もしておきます。

 最初に買った大人向けのノンフィクションの本は、今でもはっきり覚えているのですが、小学校四年生か五年生のときに甲府の朗月堂という本屋で父親に買ってもらった新藤健一の『映像のトリック』と内井惣七の『うそとパラドックス』です。

 両方とも新書です。

『映像のトリック』は、著者が『11PM』から出演依頼があり、ギャラが文化人枠で安かったので憤慨して断ったとか、その程度の内容しか覚えていません。

『うそとパラドックス』は、小学校で「パラドックス」という言葉を習ったばかりだったので、つい買ってしまいましたが、ゴットロープ・フレーゲ(一八四八~一九二五年)やラッセルやクルト・ゲーデル(一九〇六~七八年)の話だったのでチンプンカンプンでした。

ゴットロープ・フレーゲ (一八四八~一九二五年) ドイツの数学者、論理学者、哲学者。 数理論理学、分析哲学の祖。著書に 『概念記法』など。

 でも、ゲーデルという人がなにか画期的なことをやったらしいということだけはわかった。中学生になって、ヴェルナー・ハイゼンベルク(一九〇一~七六年)という人がいることを知り、あの時代になにかが発生したらしいと。

 それでノンフィクションもいろいろ読むようになりました。

 高校は基本的にさぼっていましたが、それでも一応は毎日学校に行かなければなりません。

 それで寄り道しながら、二限目か三限目から授業に出るのですが、つまらないのでずっと本を読んでいました。

 だから、読書環境が整っていたんですね。強制的に椅子に座らされる時間があるのですから。

 それで授業中にいわゆる世界文学を読破しました。とはいっても代表作くらいですが、ウィリアム・シェイクスピア(一五六四~一六一六年)、アルベール・カミュ(一九一三~六〇年)、ジャン=ポール・サルトル(一九〇五~八〇年)、フランツ・カフカ(一八八三~一九二四年)、フョードル・ドストエフスキー(一八二一~八一年)、スタンダール、ロマン・ロラン(一八六六~一九四四年)、イワン・ツルゲーネフ(一八一八~八三年)、ウィリアム・フォークナー(一八九七~一九六二年)、トーマス・マン、アントン・チェーホフ(一八六〇~一九〇四年)、チャールズ・ディケンズ(一八一二~七〇年)、ハーマン・メルヴィル(一八一九~九一年)と、片っ端から読みました。

アルベール・カミュ (一九一三~六〇年) フランスの小説家、劇作家。著書に 『異邦人』『ペスト』など。一九五七年 にノーベル文学賞を受賞。

 映画も、高校二年生から三年生にかけて、三〇〇本以上見ています。なぜそれがわかったかというと、見た映画のタイトルと日付、五つ星評価を記したA4ノートが残っていたからです。

 ガキだからむちゃくちゃで、くだらない映画に星を五つくらいつけていたりする。

 映画館で見たのはごく一部で、ほとんどレンタルビデオです。高校の近くに、旧作四本を一週間一〇〇〇円で貸してくれるレンタルビデオ屋があって、友達と一緒に借りれば五〇〇円で済む。

 見終わったらたらい回しにするので、三日ぐらいで四本見ないとならない。

 それでくだらない映画を山ほど見ました。

 ドン・シーゲルのC級映画から、カルトムービー、ATG、ヌーヴェルヴァーグ、大学に入ってからは『男はつらいよ』四七作も全部見た。

 若い頃は映画をたくさん見たほうがいいと思います。それで、先ほど述べた「砂金」にあたればいいのです。

 もちろん、子供に「あれを読め、これを読め」と言ってもムダです。

 この手の読書教育に関する話はつまらないものが多いのですが、なかには面白いものもありました。

フョードル・ドストエフスキー (一八二一~八一年) ロシアの小説家。著書に『罪と罰』 『悪霊』『カラマーゾフの兄弟』など。

 フランス文学者の鹿島茂が「理由は聞くな、本を読め」という文章を書いています。

 だから読書しない人々に向かって読書の効能を説いてもムダなことは自明なのだ。
 だが、その一方で、青春時代に読書をする習慣を身につけたことが自分の人生にとって計り知れない効能をもたらしたとはっきりと認めることができる。
(中略)
 読書の効能とは「今になって振り返ってみれば」というかたちで「事後的」にしか確認できないことにある。言い換えると、事後的であるから、これから人生を始めようとする若者に向かって「読書するとこれこれの得があるから読書したほうがいいよ」と事前的にはいえないということだ。 (「理由は聞くな、本を読め」)

 よって結論はこうなる。

 読書の効能が事後的である以上、それを事前的に説明することはやめて、「理由は聞かずにとにかく読書しろ」と強制的・制度的に読書に導くこと、これしかないのである。 (同前)

 

〈第10回「濫読の害について」につづく〉

 

著者略歴

適菜 収(てきな・おさむ)

1975年山梨県生まれ。作家。哲学者。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『日本を救うC層の研究』(講談社)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)など著書多数。