輝かしきもの必ずしも金ならず
~All that glisters is not gold,
『ヴェニスの商人』(第二幕第七場)

 シェイクスピアの代表作のひとつである『ヴェニスの商人』。日本でも演劇や映画などの題材になることが多い。
 今回、『シェイクスピア 人生の名言』(佐久間康夫監修)を通して、劇団昴という劇団と知り合い、『ヴェニスの商人』を上演するというので、宝塚の興奮も冷めやらぬうちにと、出かけて行った。
 『ヴェニスの商人』のあらすじを簡単に説明すると以下のようなものだ(ちなみに『シェイクスピア 人生の名言』では、シェイクスピアのほぼ全作品を180字で説明するというなかなか無謀な挑戦をしている)。

ヴェニスの商人アントーニオは、親友バッサーニオと富豪の娘ポーシャとの結婚資金を手配するため金貸しのユダヤ人シャイロックから借金をする。担保はアントーニオの胸の肉1ポンド。だが、期日に借金が返せなくなり、シャイロックは裁判で肉1ポンドを要求する。法学博士に変装したポーシャが法廷に乗りこんで「肉を切り取ってもいいが、血は流すな」と判決をくだし、シャイロックは敗れ去る。『シェイクスピア 人生の名言』P225

 悪徳高利貸しシャイロックが最後の最後で敗れて、小気味が良い――、そんな感想をもつはずだった。だが、話はそんなに簡単ではない。これは「ユダヤ人差別」の物語でもあるからだ。
 『ヴェニスの商人』はもともとシェイクスピアの作品の中で「喜劇」に分類される。本書でも「喜劇」と紹介した。シェイクスピアが存命した当時は、キリスト教徒は「善」であり、シャイロックのようなユダヤ人は「悪」であった。だからこそ、この『ヴェニスの商人』は、本来ならば勧善懲悪の物語であり、財産も大事な娘もキリスト教徒に取られ絶望の淵に立つシャイロックを見て、我々観客はスカッとするはずなのである。
 だが、キリスト教徒は「善」であり、ユダヤ人は「悪」である――この構図を「差別」だととらえることができる現代の我々は、「悪」であるはずのシャイロックの無様な姿に同情を禁じ得ない。そして、ユダヤ人には石を投げるのに、自分たちは「愛」だの「友情」だのと盛り上がっているキリスト教徒の主人公たちの姿に強烈な違和感を抱くのである。
 今回の劇団昴の『ヴェニスの商人』でも、それを強く感じたのは、シャイロック役を演じる山口嘉三さんが非常に魅力的な役者さんであったことや、シャイロックに投げかける差別的な発言が全編を通して繰り返されたこともあるだろう。
 もしかしたら、劇団昴の『ヴェニスの商人』は、本来の『ヴェニスの商人』におけるユダヤ人差別へ批判的な想いがあるのかもしれない。リーフレットにも「悪って何? 悪人って誰?」というコピーがついてるのも、そうした単純な「善と悪」という二項対立に一石を投じているような気がしてならない(違ってたらごめんなさい)。

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