東京・世田谷区にある龍雲寺・住職の細川晋輔さん。

  今年は、臨済宗・黄檗宗の宗祖である臨済禅師の没後1150年、そして来年は、日本臨済宗中興の祖・白隠禅師の没後250年目の節目にあたります。宗門では、この年忌法要を、50年ごとに「遠諱(おんき)」として大法要をはじめ様々な記念事業をおこなって参りました。

 今回は、春の京都国立博物館、秋の東京国立博物館で行う『禅 -心をかたちに-』展、秋に鎌倉の建長寺、円覚寺で開催する「大坐禅会」など、人々への幅広い禅の普及につとめられた両師が、もしこの現代に生きておられたなら、どのように「禅」を布教されていたかを現代に問いかける企画といえます。移り変わりが早く、変化に富むこの現代社会の出来事に、二人の祖師は、どのように対面し、そしてどのように導こうとされたのでしょうか。

自分自身で答えを見つけるのが禅宗

 そもそも、禅宗は明確な答えを提示するものではありません。たとえば、坐禅会がそうであるように、悩みを打ち明けて良い方法を提示していくような人生相談所ではないのです。静かに座して自分の心を洗い清めて、自分の課題(悩みや、苦しみ)を自分自身に問いかけて、それぞれの課題を自分自身で解決していくためのものといえるでしょう。

 つまり、「悟り」という自分にとっての「答え」は、「なぜ?」という「疑問」があってはじめて生まれるもので、その課題ともいうべき「疑問」や「悩み」と向きあることが第一です。禅の教えは、その「疑問」と私たち自身とが真正面から向きあうことでしか、その答えに行き着くことができないというものなのです。

 これは「禅問答」の仕組みがそうであるように、昔の高名な僧侶の言動と向き合うことで、自分自身の中から「気づき」を導き出すということです。

 今回からいくつかの現代社会の問題について考えるにあたり、疑問や悩みと向きあうことで、皆さんと一緒に「禅のおしえ」を学んでいきたいと思います。

多くの人が抱える「将来への不安」

「将来への不安」というものは、おそらく人類が誕生した時からあったものでしょう。そしてもちろん科学や技術が進歩した現代社会にも存在しています。仕事、人間関係、老後の生活など、発展した社会であるがゆえに悩むことも多く、個人ごとにさまざまな不安を抱えていらっしゃると思います。

 激動の現代社会で、わたしたちはどのように生きていけばいいのか。「将来のことを考えると不安でたまらない」と言われる方もたくさんいらっしゃるでしょう。ところで、そもそもこの「不安」というものは、一体わたしたちの身体のどこにあるのでしょうか。

国宝 慧可断臂図 雪舟等楊筆 室町時代 明応5年(1496) 愛知・齊年寺 5/3~5/22展示(京都国立博物館)。

  禅宗には「達磨安心」という話があります。達磨大師はインドに生まれ、中国に初めて「禅」を伝えられた高僧です。現在でも「だるまさん」と親しまれており、中国の少林寺というお寺で九年間、ただ壁にむかって坐禅を続けて手足がなくなったという伝説もあります。

 この達磨大師に禅の教えを請おうと、慧可(えか)という熱心な求道者がやって来ます。しかし、慧可は教えを受けるどころか、達磨大師に振り向いてさえもらえません。そこで慧可は、自分の臂(ぴ。腕のこと)を刀で切って決心を示し、入門を許されることになりました。

 弟子となった慧可は、達磨大師に「私の心は今、不安でたまりません。どうか私の心に安らぎを与えてください」と問います。こころの安らぎ、不安からの離脱の方法を懇願された達磨大師は、「わかった。その不安でたまらないという心を持って来なさい。私が安らかにしてあげよう」と答えます。

 さて、みなさんはこの話をどう捉えますか? 不安から逃れる方法、心を安らげるにはどうすればいいか。その不安でたまらない心は、どこにあるというのでしょうか? この話で、もしみなさんの心に疑問がおこったなら、ぜひその疑問と向き合ってみて下さい。落ち着いて静かに考えてみると、そこにきっと、解決へのヒントがあるはずです。

達磨大師 龍雲寺蔵

  慧可は悩みに悩んで答えます。「不可得(ふかとく)」と。慧可は心を探してみたものの、どうしても何をしても探し当て得ることができなかったのです。対して達磨大師は答えます。「君のために、もう安らかにしおわったよ」と。その時の達磨大師の表情は、きっと晴れ晴れとしたものだったでしょう。