知られざる由来、隠されたエピソード、甲冑の見どころまで。
甲冑研究家の伊澤昭二氏が
門外不出!?の秘蔵コレクションをはじめ、全国に伝わる
名将たちの甲冑を徹底解剖!

三鱗据金物付十二間筋兜 北条氏康所用 伊澤家蔵 

質実剛健! 知勇兼備の関東の雄の遺品

北条家3代氏康(うじやす)は、知勇共に優れた武将といわれ、後北条氏を名実ともに確立させた人物である。

氏康の最も華々しかった戦いは、天文15年(1546)の川越城救援戦で宿敵、扇谷上杉朝定(おうぎがやつ うえすぎ ともさだ)を戦死させ、山内上杉憲政(やまのうち うえすぎ のりまさ)を越後に追いやった、いわゆる川越夜戦であろう。 

氏康には15人の子があり、内男子は7人である。嫡男氏政(うじまさ)に家督を継がせ、3男氏照(うじてる)は大石氏を継がせ滝山城主に、4男氏邦(うじくに)に藤田氏を継がせ鉢形城に置き、5男氏規(うじのり)を韮山城主にした。

さらに、6男氏忠(うじただ)を佐野市の後嗣とし、小机城には8男氏堯(うじたか)を置き、7男氏秀(うじひで)あらため景虎(かげとら)は越後の上杉氏のもとに養子としている。
このように氏康はわが子7人の男子を巧みに要所に配し、地盤を固めた。

本品は、氏康所用と伝えられた兜で、鉢は鉄地黒漆塗十二枚張(てつじくろうるしぬちじゅうにまいばり)で、いわゆる阿古陀形(あこだなり)と呼ばれる形式である。 

シコロは鉄地板物二枚を革包みに仕立てた笠シコロを付す。シコロの上段内側には鎖仕立の三枚下散(げさん)を取り付ける。下散は槍に対する防御への配慮である。この技法は上杉家の兜に多く見られるが、それ以外では稀な一例である。

吹返し(ふきかえし)の据紋(すえもん)、鉢付鋲(はちつきびょう)、笠印付鐶鋲(かさじるしつけのかんびょう)は、全て北条家の定紋三鱗(みつうろこ)を打つ。眉庇(まゆびし)・吹返し、八幡笠(はちまんがさ)は山銅(やまがね)を打ち出して鮫皮風とする。庇眉上には長大な並び角元(つのもと)を打っている。

鉢裏は革浮張(かわうけばり)とし、忍緒付(しのびおつき)の鐶(かん)が残っている。作風は春田系で、明珍系の小田原鉢(※)の完成する以前の遺品であろう。

※ 「小田原鉢」……戦国期、相模国小田原で製造された兜。短い期間しか製作されず当時から貴重品として名高かったとされる。