経営者として、財界の盟主として、高邁な精神を持って使命をまっとうし続けてきた土光敏夫氏。そんな土光氏の人間観を物語る言説として、次の一節を紹介しましょう。

穴を深く掘るには幅がいる 
──土光敏夫

とある会議で、人材開発の問題──能力の専門化(スペシャリスト)と総合化(ゼネラリスト)に関する議論が行われたときのことです。スペシャリストというと、とかく「狭く深く」、ゼネラリストというと「広く浅く」という視点で語られるが、それはおかしいと土光氏。
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 専門家が深く進むのは当然だが、狭くなるとは不可解だ。ほんとうに深まるためには、隣接の領域に立ち入りながら、だんだん幅を広げてゆかなければならない。深さに比例して幅が必要になる。つまり真の専門化とは深く広くすることだ。そうして、この深く広くの極限が総合化になるのだ。

(中略)
 スペシャリストが深く掘り下げながら幅を広げていき、その過程でだんだんゼネラリストに上がってゆくと見るべきではなかろうか。
(『経営の行動指針』より)
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あの人材はスペシャリストとして、この人材はゼネラリストとして育成しようといった見方自体が、そもそもおかしい。スペシャリスト/ゼネラリストの議論はいわば“地続き”なものであり、どちらも連関している要件というわけです。
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 深いスペシャリストが広がる必要、広いゼネラリストが深まる必要は、無限にあるといわねばならない。

 穴を深く掘るには幅がいるのである。
(『経営の行動指針』より)
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土光敏夫(写真/時事)

あまりにも正鵠を射た指摘に唸らされます。
土光氏のこの言説は、さまざまな文脈に応用できる価値観ではないでしょうか。たとえば、ある物事を成し遂げようとして、まずは愚直に取り組むとしましょう。その姿勢はとても尊いものです。が、ただ一点のみを見つめているだけでは、どうしても視野が狭まってきてしまいます。
そこで、見つめている一点の、周辺にある事柄にも目を向けてみるわけです。すると、少し視野が広がります。そうして開かれた視野をさらに広げていくと、一点のみを愚直に見つめることで得た経験や知見をベースに、それ以外の領域も見ることができるようになる……といった具合です。

これは、人間関係にも応用できるかもしれません。馬の合う、限定された数名の人々と、まるで穴ぐらに収まるようにして密な関係を構築するだけでは、次第にタコツボ化し、発展的な議論や、異質な人との新たな交流など期待できるはずもありません。何か大きなことを成し遂げるためには、自分がさらに成長するためには、一人ひとりとの関係性を深めていくことと同じくらい、そこから連なっていく他の人との交流も積極的に進めていかなければなりません。
深く穴を掘るには幅がいる。生きていくうえで、ぜひ心にとめておきたい箴言だと思います。

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