東京は東京駅、札幌は札幌駅……各都市のターミネル駅はその都市の名称がつけられることが一般的である。ただ、福岡市は博多駅。これはなぜなのか? 古代からアジアの玄関口であり、いまなお歴史の舞台となり続ける福岡の通史が楽しめる『福岡 地名の謎と歴史を訪ねて』を上梓した歴史研究家の一坂太郎氏に聞いてみた。
関ヶ原合戦後、黒田長政が築いた福岡城(写真:一坂太郎)

 ●「博多」の地名の由来とは?
 

 「福岡市」なのだが、JRのターミナルは「博多駅」である。いまでこそ「福岡」も「博多」も同じく福岡市の地名であり、時に同意語のごとく使われたりもするが、その歴史は異なる。言葉も「博多弁」と「福岡弁」で微妙に異なるという。
 「博多」の地名はすでに奈良時代、『続日本紀』天平宝字三年(七五九)三月二十四日の条に「博多大津」とあるのが初出というから、相当古い。その由来は『国史大辞典・十二』(平成二年)によると、
 「土地広博、人物衆多の意味」
 「地形が羽を伸ばしたようであるから羽形といっていたのが博多に転じた、あるいは『筥た』で、『はこ』は河海で囲まれた島のような所につけられた名」
 「泊潟、すなわち船を泊つべき潟」
などである。
 古代・中世の「博多」は東アジアへ向けての玄関口で、ここから大陸文化が摂取された。対外貿易の拠点であり、常に権力者たちの争いのターゲットにもなる。室町時代には和泉国堺(現在の大阪府堺市)と共に、商人たちが治める自治都市として発展してゆく。かつては博多湾沿岸一帯を「博多」と呼んでいたが、近世になると東は石堂川(御笠川)、西は那珂川、南は現在の博多駅あたり、北は博多湾あたりの一帯を「博多」と呼ぶようになった。