「読書で知的武装」するなんて実にくだらない!

「情報を仕入れるための読書」から、いい加減、卒業しよう!

ゲーテ、ニーチェ、アレント、小林秀雄、三島由紀夫……

偉人たちはどんな「本の読み方」をしていたのだろうか?

正しい「思考法」「価値判断」を身に付ける読書術とは?

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第19回

思考停止社会

 

 歴史の勉強は大切です。中学校・高校レベルの知識はしっかり身につけたほうがいいと思います。

 歴史の本を読むのは人物の名前や年号を覚えることだけが目的ではありません。歴史自体、あるいは歴史家がどのように歴史を語るのか、その「光の当て方」を読むということです。

 同時に「歴史には再現性がないのに、なぜ歴史に学ぶ必要があるのか?」とか「過去に発生した事実と歴史はどこが違うのか?」という歴史の成立の基盤について考える必要もあります。

 織田信長(一五三四~八二年)が何年に生まれて何年に死んだかというのはネットで調べれば十分です。

 しかし、「ある歴史家が織田信長についてどう考えたか」は本を読まなければわかりません。

 織田信長 (一五三四〜八二年) 戦国・安土桃山時代の武将、戦国大 名。一五八二年、重臣・明智光秀が 謀反を起こし、本能寺で自害。

 情報の列挙だけでは歴史にならない。

 一流の歴史家が一流である理由は、考古学的、文献学的な研究の成果以上に、歴史をどのように扱うか、そのときの思考回路、順番、型が一流であるからです。

 それがないと豆知識合戦になる。

 オタクの口喧嘩みたいなものです。

「とりかえしのつかない人」は、自分の信じている意見を一方的に唱えます。

 そして自分の意見とは反対の意見を断乎として認めない。

 ネトウヨは左翼の文献をほとんど読まない。逆も同じです。

 思考停止しているから、話がかみ合うことがない。

 それでは「正しい歴史認識」とは何か?

 歴史は現在の眼、つまり解釈によってしか立ち現れないものです。

「歴史的事実」は歴史家が解釈したものであり、中立ということはありえない。

 これは当たり前の話ですね。

 歴史とは歴史家が恣意的に選び出したものです。事実は主観により屈折する。

 こうした前提の上で、「事実」を慎重に扱う必要がある。

 事実を検証する努力はもちろん必要ですが、その「扱い方」に光を当てる必要があるわけです。

 都合のよい事実を選択し配列すれば「正しい歴史認識」などいくらでもつくることができる。

 ネトウヨならともかく、政治家にもこの手のアホが多い。

 歴史に「正解」を見いだすのは左翼の感覚です。

 こうした常識さえ今は失われてしまっている。

 歴史の基礎の基礎さえ読まれていない。

 逆に言えば、歴史の本を読むことにより、今の時代の病が浮き彫りになってくる。

 歴史の力とはこれです。

〈第20回「本を捨てる」につづく〉

 

著者略歴

適菜 収(てきな・おさむ)

1975年山梨県生まれ。作家。哲学者。ニーチェの代表作『アンチクリスト』を現代語にした『キリスト教は邪教です!』、『ゲーテの警告 日本を滅ぼす「B層」の正体』、『ニーチェの警鐘 日本を蝕む「B層」の害毒』、『ミシマの警告 保守を偽装するB層の害毒』(以上、講談社+α新書)、『日本をダメにしたB層の研究』(講談社+α文庫)、『日本を救うC層の研究』(講談社)、『なぜ世界は不幸になったのか』(角川春樹事務所)、呉智英との共著『愚民文明の暴走』(講談社)、中野剛志・中野信子との共著『脳・戦争・ナショナリズム 近代的人間観の超克』(文春新書)など著書多数。