江戸時代の風俗の値段は高いか安いか

イラスト/フォトライブラリー

品物やサービスの値段はピン(最上)からキリ(最下)までであろう。それは現代も江戸時代も同じである。筆者はあらゆる局面においておよそピンとは縁がない人間だが、今回は江戸時代の女の値段のピンからキリまでを述べたい。これは史料の世界であり、自分が経験していなくても言える。ただし、江戸時代はおよそ250年間続いた。ここでは、時代劇や時代小説の舞台となることが多い文化文政年間(1804~1830)で考えてみたい。

キリは夜鷹であろう。夜鷹は、日が暮れてから道端に立って男をさそう街娼で、暗がりに敷いた茣蓙の上で情交した。その揚代(料金)は蕎麦一杯の値段と同じとも、24文ともいわれた。

いっぽうのピンはなんといっても吉原の遊女であろうが、その吉原の遊女のあいだにも階級があり、まさにピンからキリまでだった。ピンのなかのピン、つまり最上級の遊女は「呼出し昼三」(よびだしちゅうさん)と言った。

『金草鞋初編』(十返舎一九、文化10年)に、吉原見物の男が案内人に遊女の揚代を質問する場面がある。案内人は自慢げにこう答えた。

「女郎の値段はいろいろありやす。まあ、高いところはいま、一両一分さ」

最高位の呼出し昼三の値段は1両1分だった。さて、換算しなければならない。当時の通貨制度や換算レートでは、

1両=4分

1両=約6,500文

である。これで換算すると、ピンの呼出し昼三の値段は、キリの夜鷹の約300倍である。

ひるがえって現代はどうだろうか。現在の風俗嬢を江戸の遊女に比較するのはむずかしい。というのも、現在は売春防止法があり、表向き本番(性交)は禁止されているからである。そこで、いわゆる「射精産業」の「抜き」の値段として比較しよう。やや露骨な表現になったが、あくまで考証のためであり、ご理解いただきたい。キリはピンサロ(ピンクサロン)であろう。料金は5000円としておこう。ピンを高級ソープランドの、遊興費総額10万円としよう。そうすると、ピンはキリの20倍である。ピンとキリを比較したとき、江戸は300倍、現在は20倍。江戸の女の値段にはいかに大きな格差があったかがわかる。

そう考えると、現代はいい時代なのだろうか。それとも、逆につまらなくなったのだろうか。