世の中は、白と黒ばかりではない。
真理は常に中間にあり。 ──田中角栄

田中角栄、大人気なのです。
没後20年の節目だった2013年あたりから、名言集や評伝など田中角栄関連の本が次々に刊行されるようになり、メディアでも逸話や功罪が改めて紹介されたりする機会が増えていきました。そうした“田中角栄再評価”的な流れは現在に至るまで続いており、その勢いは変わらないどころか、むしろ強まっているような状況です。
2016年1月には、石原慎太郎氏が田中氏のモノローグという体裁でその生涯を振り返った『天才』を上梓し、ベストセラーになりました。その他、雑誌でも特集記事などが組まれたり、折からの角栄ブームを紹介するコラムが掲載されたりと、頻繁に話題にされています。最近、目に付いたところでは、老舗の月刊総合誌『文藝春秋』2016年5月号に「日本には田中角栄が必要だ」なる大特集が掲載されました。
田中角栄、とにかく大人気なのです。

さて、いまさらながらではありますが、田中角栄という人物について、ここでザッとおさらいしておきましょう。1918年、新潟県刈羽郡の雪深い山村に生まれ、高等小学校卒という最終学歴ながら主に土建業で成功。1947年、29歳で初当選を果たしてからは国政の舞台で強烈な存在感を放ち、郵政大臣、大蔵大臣、通産大臣といった閣僚職や、自民党の政調会長、幹事長など党の要職を歴任。そして1972年7月、ついに第64代内閣総理大臣の地位にまでのし上がるのです。

田中角栄(写真/時事)

高等教育を受けていないにも関わらず、東大卒のエリートたちが跳梁跋扈する政治の世界で圧倒的な求心力を発揮し、国政のトップにまで上り詰めた経歴は、豊臣秀吉になぞらえて「今太閤」と評されたりしました。また、記憶力が抜群なのに加えて、常に研究・勉強を怠らないこともあって、知識量が尋常ではなく、冴え渡った洞察力や分析力を持つ人物でもありました。その上に「やると言ったら、必ずやる」という推進力、実行力まで兼ね備えていた田中氏は「コンピューター付きブルドーザー」とも呼ばれました。
一方で、カネに糸目を付けない選挙戦術など、金権政治の権化のように揶揄されたり、巧みな人心掌握術を武器にしてコトの背後から意のままに政治を動かすようなイメージから「目白の闇将軍」(東京・目白に邸宅があった)などとあだ名されたりもしました。さらには、首相在任中に関与し、退陣直後に発覚した大規模贈収賄事件「ロッキード事件」により逮捕収監され、自民党を離党……という顛末もあって、ダーティーな政治家という印象を持つ人も少なくありません。いずれにせよ、非常に毀誉褒貶の激しい政治家でした。

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