《連載書き下ろし》
森博嗣『道なき未知』は、月刊誌『CIRCUS』で2012年より連載第1回がスタート。第11回まで原稿は掲載されましたが、『CIRCUS』休刊に伴い連載は休止。執筆済の第12回の原稿は未公開でしたがこのBEST TIMESで初公開。第13回からは著者が隔週で新たに書き下ろし中です!

 

第14回 
未知の魅力

 

森林の中に線路を通す

 まえにも書いたとおり、僕は自分の庭に鉄道を建設している。庭はほぼ平たい土地だが、大部分が森林なので大木が何百本もある。その高さは優に三十メートル。ドローンを飛ばそうにも、枝に当たってしまうため、上空へ抜けられる場所は建物の真上だけだ。夏は葉が生い茂って地面には日がほぼ届かない。夏場の最高気温は二十五度くらいである。
 こんな場所に、鉄道の線路を通す工事を一人で黙々と進めている。できるだけ真っ直ぐに走らせたいけれど、障害物(主に樹)が多くてそうもいかない。急カーブは曲がれないし、また、できれば風景を眺めて気持ち良く走れる路線にしたい。
 平たいといっても、もちろん自然の地面だから凸凹だし、僅かに勾配もある。鉄道が許容できる線路の勾配は三パーセントまで、つまり一メートルで三センチ。三十センチ高いところへは、十メートルかけて上るしかない。低いところは土を盛り、高いところは地面を掘って、線路を通す土木工事を進めている。すべて、僕一人がスコップを持って行う作業だ。土は一輪車で運ぶ(子供が乗っている一輪車ではなく、ネコと呼ばれる台車)。
 たとえば、百トンの土を運んだこともある。百トンというと、四トントラックで二十五杯分だ。そんな大量の土でも、一人で移動できる。一輪車に二十キロの土を載せれば、五十回で一トン運べる。これを百日間続ければ、百トンが運べるのだ。
 非常に楽しいので、苦労をしている感覚はない。ときどき、自分がした仕事量に愕然とするときがあって、これもまた楽しい驚きとなる。「ああ、人間って凄いな」と一人感動するのである。僕は、子供のときから躰が弱く、今でも人並みではない。それでも、ゆっくりと少しずつやっていれば、そのうちにできてしまう。それが本当に嬉しい。
 最初は、道というものはない。しかし、線路をつなげていくうちに、道ができる。一度できてしまうと、そこまでは鉄道で土を運ぶことができるようになるし、休憩して機関車を走らせて遊ぶことができる。線路は道よりも強力で、機関車は僕が乗っていなくても、ぐるりと勝手に走ってくる。眺めるだけで楽しい。

線路は何故二本なのか

 鉄道の線路は、レールが二本ある。これはどうしてなのか、わかるだろうか。当然だが、一本では左右に倒れてしまう。また、荷車みたいに車輪が左右に二つだけだと、今度は前後に倒れてしまうので、最低でも三つか四つの車輪が必要になる。自動車も四つタイヤがある。
 こういったことは、理屈がなくても自然に発想できるから、最初に鉄道を作った人は、なにも考えずにレールを二本にして、車輪を四つ作っただろう。しかし、このレールが二本あることが、のちに鉄道の限界となったのだ。
 カーブを曲がるときには、右と左のレールの長さが異なる。カーブの外側の方が長い。そうなると、車輪が左右同じ回転数では不都合になる。自動車の車輪は左右の回転数が異なるようにするギアがあるが、鉄道は左右の車輪は軸でつながっているので回転数は同じ。だから、どちらかの車輪がスリップするしかない。鉄道に乗っているときに、カーブでキーキーと音が鳴っているのを聞いたことがあるだろう。あれがスリップしている音。スリップすると、車輪かレールがすり減るし、走行抵抗も大きくなる。真っ直ぐ走っているときには問題ないが、どうしてもカーブがあるわけで、これが鉄道の高速化、効率化の上で大問題なのである。
 百年以上まえに、この問題を解決するには、レールを一本にするしかない、という理屈が登場し、世界中でモノレールが作られた。モノレールは、カーブを高速で走り抜ける新技術だったのだ。そのわりに、現在各地に存在するモノレールは、わりとゆったりと走っているのが、気になるところではあるけれど。

自分が知らなければ未知だ

 ここ数年、僕が研究しているのは、一本のレールの上を走るジャイロモノレールである。これは、一本のレールの上で左右のバランスを自動的に保つ機能を持っていて、たとえば、レールではなく一本のロープの上を渡ることもできる。橋など不要で、ワイヤを張るだけで良い。
 ジャイロモノレールの技術は、百年以上まえにイギリスで開発された。この古文献を探して、数年まえに模型を製作したのだが、世界中から大反響があった。誰もこの技術を再現できなかったからだ。
 今もこのジャイロモノレールの研究を少しずつ進めている。かつて存在したものであっても、僕自身にとっては「未知」なのである。
 

ジャイロモノレールの試作9号機。理屈も工作も難しいためか、実現しているモデルは世界でも数例しかない。