「神」と「仏」から「仏神」、そして「神仏」へ。神と仏はいかにして出会い、そして別れたのか。日本人なら知っておきたい神と仏の歩みが面白いほどよくわかる!
 

 私たちは、ふだん何気なく「神さま」「仏さま」という言葉を口にすることが少なくありません。神社やお寺に行けば、神や仏の加護を祈って拝んだり願ったりします。
 また、
「そんなことをしたらバチが当たる」
 と口にすることがありますが、それは「神仏はお見通し」だからでしょう。
 さらに、
「仏ほっとけ、神かまうな(神や仏をあてにするな)」
 とか、
「仏に刻めば木も験あり、神に祭れば石も祟る(ただの木材でも仏像に彫れば霊験があり、ただの石でもご神体にすれば神威をあらわす)」
 などという言葉もあります。       
 いずれにしても多かれ少なかれ神仏を畏敬し、あてにする気持ちからできた言葉といえます。

神と仏は同じものなのか。異質のものなのか

 こんな言葉が残っています。
「神と仏は水波の隔て(神は本地=本来の姿=である仏が仮に姿をあらわしたものであるから、水と波との関係のように形だけの違いで、もとは同じものである)」
 つまり、神と仏の間に線引きはなく、神と仏は一体、同じものと見られていたのです。
 ですから、神社とお寺が同一敷地内にあることは珍しくありませんでした。
 また、神社に附属して建てられた「神宮寺(別当寺・神護寺とも)」という神社と見まがうようなお寺が多くありました。お寺にも鳥居が見られ、神社の入り口には仏・菩薩の姿をした「神の像」が置かれていました。
 このように神と仏はずっと同じものと考えられていたのですが、いきなり切り離されてしまいます。明治新政府が「神仏分離令」を発し、神と仏の同一視を禁じたからです。
 では、なぜ神と仏は同じものと考えられていたのか。なぜ、切り離されてしまったのか。
 さらに、今、お寺は人の死と深く結びついていますが、それは江戸時代になってからのことで、それまでは神社同様、死者や死を忌み嫌っていました。それはなぜか──。等々、
今さら人には聞けないことや、聞かれても返答しにくいことが少なくありません。
 それらに答えられるよう、日常生活の中に息づく神と仏の歩みを、その違いを含めて語るのが本書です。この世界も、じつは未来の人々から見れば、かなりゆがんだ世界観なのかもしれない。

【目次】
第一章 神と仏の誕生
1 神の由来
2 仏の由来
第二章 神と仏の出会いと和合
1 苦悩する神と近寄る仏
2 祟る神と鎮める仏の誕生
第三章 救いがたい世の中と来世信仰
1 阿弥陀のいる浄土
2 その後の神と仏の行方
第四章 神と仏のてんまつ
1 江戸の事情
2 尽きない怨霊の恐怖
第五章 暮らしの中に息づく神と仏
1 身近な神々と神徳
2 身近な仏とご利益
第六章 神社のしきたり寺のしきたり
1 神社のしきたり
2 寺のしきたり