知られざる由来、隠されたエピソード、甲冑の見どころまで。
甲冑研究家の伊澤昭二氏が
門外不出!?の秘蔵コレクションをはじめ、全国に伝わる
名将たちの甲冑を徹底解剖!

金箔押色々威伊予札胴丸具足森蘭丸所用 伊澤家蔵

『金山記』に、「永禄八乙丑年 玉ノ如キノ男子誕生―― コレヲ蘭丸ト申ケル」と見える。
森蘭丸(もりらんまる)は美濃兼山(みのかねやま)城主、森可成(もりよしなり)の三男として 兼山城で生まれている。

若くして織田信長に仕え、筆頭小姓となる。天正10年(1582)には、 岩村城5万石の城主となるが、 わずか1か月後の6月2日未明、 京都本能寺において主君・信長とともに、明智光秀によって討ち死にを遂げている。

本品は森蘭丸所用と伝え、 近江の伴(扇屋)伝兵衛(ばん・おうぎやでんべえ)家に代々伝えられたもの。 伴家は、近江御三家と称された豪商であった。具足櫃(ぐそくびつ)は桧(ひのき)製で、正面に 「八幡山新町 具足櫃 森蘭丸公御召 扇屋伝兵衛」左側には「伴伝兵衛」と記されている。

兜は鉄地六枚張で、鉄地板物五枚の日根野(ひねの)シコロを付した阿古陀形(あこだなり)である。眉庇上(まゆびしうえ)には二本角元(つのもと)を打ち、 銀箔押煉革(ねりかわ)製の経文(南無阿弥陀仏)の6文字の前立て物を添える。

面頬(めんぽお)は鉄地半頬形式。 胴は鉄地伊予札を黒革包みとした胴丸形式で、 黒系で素懸威(すがけおど)しにしている。

草摺(くさずり)は革製金箔押七間四段とする。袖は板物五段仕立の当世袖。 胴を除く威毛は萌黄・白・紅で威した色々威しである。三具は籠手(こて)・臑当(すねあて)を篠形式に、佩楯(はいだて)は板佩楯形式としている。

佩楯の左右に金箔押で描かれた大胆な日輪は、桃山時代の手法が見てとれる。金箔押色々威しのこの具足は、胴を黒にすることで、 落ち着きを取り入れている。美少年といわれた蘭丸に相応しく、 凛として華麗ななかに、清澄さを併せ持った一領である。

文/伊澤昭二(歴史・甲冑研究家)