イラスト/フォトライブラリー

江戸時代の1両は現在の何円か?

しばしば受ける質問だが、答えるのは非常にむずかしい。不可能と言ってもよい。というのは、なにを換算の基準にするかで大きく変わるからである。おおざっぱに言って、江戸時代は人の値段(人件費)は安く、物の値段は高かった。現代とは正反対である。

『閑情末摘花』(松亭金水、天保10年)に、紙くず買いが町人の家で、大量の紙くずを200文で買い取る場面がある。紙くず買いは、現代の古紙回収業やチリ紙交換に相当するであろう。

それにしても紙くずが、なんと200文である。『閑情末摘花』は、当時の「現代小説」である。200文という金額はほぼ正確に当時の世相や物価を反映しているであろう。

江戸では紙は貴重品だった。紙くずはこまめに回収され、漉き返して便所の落し紙などに再生された。もちろん、紙くずの量はよくわからないのだが、紙くず買いは天秤棒で前後に竹籠をかついで町々を歩く商売である。人の力で運べる範囲なのだから、タカが知れている。

ひるがえって、現代はどうであろうか。新聞紙、雑誌など山のような量をチリ紙交換に出しても、対価としてもらえるのはポケットティッシュ1、2個がせいぜいであろう。

そこで、江戸と現代を比較してみたい。

天保10年(1839)、竹籠2杯の紙くずの値段は200文である。いっぽう、夜鷹の値段は24文である。夜鷹は夜道に立って客をさそい、暗がりに敷いた茣蓙の上で情交する最下級の街娼で、その揚代は24文とも、蕎麦一杯の値段と同じともいわれた。

さて現在、ポケットティッシュは駅前などで宣伝用の品をタダで配っているが、それでは比較にならないから、いちおう1、2個で100円としておこう。

いまの世に夜鷹のような娼婦はいないが、性風俗の情報誌やサイトによると一部の地域には「ちょんの間(10~30分)、1万円」の娼婦が存在するという。そこで、現代版夜鷹の値段を1万円としておこう。

江戸時代、いかに人の値段が安く、物の値段が高かったかがわかろうというもの。江戸では紙くず200文に対して、女は24文。紙くずは、女の約8倍の価値があった。現代、紙くず100円に対して、女は1万円。女は、紙くずの約100倍の価値がある。

うーん、わかったような、わからないような。ちょっと強引過ぎるだろうか。

ともあれ、「あなたには紙くずの100倍の価値がある」と言っても、現代の女はけっして喜ばないであろう。