日本の神々と、その系譜に連なる天皇の歴史を記した『古事記』。アマテラスの「天岩屋戸」や、スサノヲの「ヤマタノオロチ退治」などのストーリーは、誰もが一度は耳にしたことがあるはず。

そして『古事記』の“人代”を代表する英雄といえば、景行天皇の皇子・ヤマトタケルをおいて他にはいないだろう。

父帝の命により、西は九州、東は関東一円へと征討の旅をしたヤマトタケルは、全国各地に数多くの武勇伝を残している。

たとえば東征の際、敵の野火に包まれたヤマトタケルは、剣で火の点いた周りの草をなぎ払って危機を脱する。その土地は、「焼津(やきつ)」と呼ばれ、現在もその名を遺している。『古事記』の「焼津」が、現在の静岡県焼津市かどうかは諸説あるものの、同市にはヤマトタケルを祭神とした「焼津神社」がある。

 

遠く富士山をのぞむ太田山の「きみさらづタワー」。ヤマトタケルとオトタチバナヒメの像が向かい合う。

ゆかり深い土地が全国に点在するヤマトタケルだが、千葉県も訪れている。そして今、ご当地で「子どもたちの人気ヒーロー」になっているとか……。

『古事記』によると、東征の旅でヤマトタケルとその妻オトタチバナヒメは走水の海(現在の三浦半島から房総半島の間の浦賀水道)を舟で渡ろうとしたとき、海の神が起こした荒波で危機に瀕する。そこでオトタチバナヒメは夫を守るため、身を海に投じ海神の怒りを鎮めた。

無事に対岸へと渡ったヤマトタケルは、浜辺に流れついた妻のクシを見つけ、「君去らず 袖しが浦に 立つ波の その面影を みるぞ悲しき」という歌を詠んでその形見を墓に治めた。

この「君去らず」が転じて、「木更津(きさらづ)」の地名となったという。

オトタチバナヒメの形見を納められているとされる「吾妻神社」や、悲話をしのんで建てられたふたりの像など、市内にはゆかりの地が点在する。

狸囃子の民謡で知られる證誠寺(しょうじょうじ)が有名な木更津。しかし今、地元で證誠寺をしのぐ知名度を誇っているのが、ヤマトタケルを祀る八剱(やつるぎ)八幡神社である。小学生の子ども連れなど参拝客が後を絶たない。

それもそのはず、千葉県では『鳳神ヤツルギ』(チバテレビ)という特撮ヒーロー番組が放映されているのだ。