1月23日、ニューブリテン島ラバウル占領。ついでニューギニア東南岸の豪軍基地ポートモレスビー攻略が焦点となってきた。ラバウルを確保しソロモン群島を手中に収めるには、この豪軍最前線基地を攻略し、米国本土とオーストラリアを結ぶ交通連絡線を遮断する必要が生じたのである。その視界の先には、1942年7月予定の次期FS作戦(フィジー、サモア攻略)実施があった。こうして井上中将は、皮肉にももっとも好まざる対米戦争の、しかも近代戦争の典型―航空母艦同士の洋上決戦を直接指揮する羽目に追いこまれたのだ。

 ポートモレスビー攻略作戦は、陸軍南海支隊将兵2000名を11隻の船団に積みこんで、5月4日、ラバウル港を出撃。6日間の航程で海路を南下し、珊瑚礁に囲まれたモレスビー港上陸をめざす計画である。

 船団速力8ノット。途中の珊瑚海を2昼夜にわたってノロノロと航行しなければならない。陸軍南海支隊長堀井富太郎少将の不安を重んじて、連合艦隊司令部は重巡4隻(青葉、加古、衣笠、古鷹)、駆逐艦1隻、軽空母祥鳳を護衛につけた。主力の正規空母瑞鶴、翔鶴2隻は別働隊として、米空母を求めて珊瑚海を機動する。直衛は重巡2隻(妙高、羽黒)、駆逐艦6隻。

 空母部隊の指揮官は原忠一少将。島根出身で、兵学校では井上の2期下の海兵39期。水雷戦隊の経験が長く、空母戦闘指揮ははじめてである。米空母部隊の総司令官は、フランク・J・フレッチャー少将、57歳。前任は巡洋艦戦隊司令官で原少将と同様、母艦作戦の采配を振るうのはシロウト同然の将官である。