名古屋在住、日本大好きラジオDJクリス・グレンが語る、
日本が誇る錚々たる戦国武将たちの魅力。
外国人の目に我が国の英雄たちはどう映っているのか?
 

ただ勝つのみ!徳川軍最強の男 本多忠勝


本多忠勝。
初陣は12歳。桶狭間の戦い、姉川の戦い、三方原の戦い、長篠の戦い、
小牧長久手の戦いなど、数多くの合戦に出陣。
53歳のときには関ヶ原の戦いにも参加し、生涯で約57回の合戦に出陣
したと言われている。そして、一度も傷をおわなかったという話は有名だ。

忠勝の名前の由来である「ただ勝つのみ」という意味そのまんまの人生
というのがスゴい!やっぱり名前って、パワーがあるんだ。
欧米では、日本みたいに「幸せになって欲しいから、幸子ちゃん」
「羽ばたくような人生を送ってほしいから、翔くん」といったような名前の
つけ方をしないので、忠勝の名前の由来を知るだけでも、外国人の僕としては
十分おもしろい。

本多忠勝と言えば、あの大きな「鹿の角」のついた兜も有名である。
かっこいいねぇ!でも、なぜ鹿の角なんだ?
忠勝13歳のときに出陣した、桶狭間の合戦。
合戦が終わった家康が三河に帰ろうとしたとき、数日前からの悪天候で
増水したため、渡れない川があった。その時、突然、鹿が現れて、
その鹿が浅瀬を教えてくれた。おかげで、家康は無事に三河に帰ることが
できた。そのとき以来、忠勝は「この鹿のように、一生家康殿をお守りしよう」
と心に決め、鹿の角の兜を甲冑師に依頼し、制作させたらしい、
という話を ずいぶん前に聞いたことがあるけど
本当に桶狭間の合戦の後の話なのかどうか、そこに家康がいたのかどうか、
実はハッキリわからない。これは、どこかへ偵察に行ったときの話だという
説もあるし、「この鹿のように、一生家康殿をお守りしよう」ではなく、
「この鹿は、伊賀八幡宮からの使いだ」と思った忠勝が伊賀八幡宮の神主さんに
兜制作を依頼したという話もある。
まぁ、どちらにしても「鹿」に助けられたということらしい。

忠勝の「鹿角脇立兜」は、重厚感も威圧感もあって、とても強そうに見える。
「重いんじゃないの?」「あれでバランス取れるの?」と思うかもしれないが、
角の部分は和紙で出来ているから、実は思ったよりは軽い。
しかも、取り外し自由!
でも、和紙を何枚も重ね合わせて黒漆で塗り固めているから、ある程度の
強度はある。機能性、デザイン性にも優れた兜である。

忠誠を誓い、家康を生涯守り続けた本多忠勝。
そして、生涯傷を負うことのなかったほどの最強の武将だった忠勝。
これぞ、僕の憧れる最高のSAMURAIだ。

<以下、和訳>
Honda Tadakatsu was just 12 years old when he participated in his first battle.
He fought at all the major battles of the time, Okehazama, Anegawa, Mikatagahara, Nagashino, and Komaki Nagakute to name but a few. He was 53 in 1600 when he took part in the biggest and bloodiest battle, Sekigahara.
In all, Tadakatsu took part in about 57 battles and skirmishes, coming through each unscathed, and without ever sustaining injury.
He was said to have been a Samurai amongst Samurai!

Tadakatsu’s name is said to have been based on a pun, Tada can also mean
"just" and katsu also means “win”! Tada-katsu or "Just Win!", a good samurai name if there ever was one!

Honda Tadakatsu’s black armor with it’s distinctive deer antler fitted helmet was a familiar sight on the battlefield. Tadakatsu’s helmet looks heavy and awkward with those large thick horns mounted on top, however, the antlers were made of a lightweight paper mache covered in lacquer.
One of the reasons for him having deer antlers was not just to make him look stronger or more fearsome, but because of an experience following a decisive battle.

After the Battle of Okehazama, Tadakatsu lead Ieyasu back to Okazaki Castle.
The previous days had seen quite a lot of rain, and so the rivers were swollen.
As he was looking for a way cross, a deer made it’s way through the shallows,
showing Tadakatsu the way. Seeing this as auspicious, Tadakatsu adopted the
image of the deer in his efforts to further guide and serve his lord, Ieyasu.
Something he did bravely and honorably for the remainder of his life.