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官能小説で、女と交わりながら男が、「おお、なんという名器だ。す、すごい!」などと驚嘆、感激する場面がある。

名器とは女性器の一級品のことで、江戸では「上開(じょうかい)」といった。

江戸の春本・春画にはしばしば上開が登場し、「巾着ぼぼ」と「蛸つび」が有名である。「ぼぼ」、「つび」はともに女性器のことで、当時の人々の話し言葉だった。日常的に使われていた江戸の卑猥語といってもよい。

巾着ぼぼは、入口が巾着のようにきゅっと締まる上開。蛸つびは、蛸の吸盤のように吸いついてくる上開。つぎのような場面がある。

『艶本常陸帯』(喜多川歌麿、寛政十二年)で、女と情交しながら男が、「くわえて引くようだ。これがほんの蛸とやらか」と感激する。女は蛸つびの持ち主のようだ。

『枕説色掃溜』(歌川芳信、天保五年)では、同じく女と交接しながら男が、「巾着というのだろう」と感心している。女は巾着ぼぼの持ち主のようだ。

ところで、英語の性語では女性器を、pussyやcuntという。筆者はそれなりに欧米のポルノも読んでいるが、どうも名器や上開に相当する単語はないようだ。

ちょっと不思議である。欧米の男は微妙な味わいの差を識別する感受性に欠けているのだろうか。それとも、欧米の女の秘所はみな大味で、大差ないということなのだろうか。

名器とか上開とかは、しょせん男の幻想なのだろうか。しかし、夢は失いたくない。

では、世界に冠たる江戸の上開をご賞味あれ。ただし、文章である。『絵本小町引』(喜多川歌麿、享和二年)で、男が女と背後位で交わりながら感動している。

「奥の方になにか仕掛けがあって、絡みつけて引き込むようで、どうもどうも、なんとも名のつけようのねえほどよくて、よくて、あれあれサアサア、もうたまらぬ、たまらぬ。心魂に徹して、はらわたからよがりが出て、総身から淫水が湧き出るようだ」

う~ん、蛸つびや巾着ぼぼ以上の上開だという。男と生まれた以上、生涯に一度はこういう上開にめぐりあいたいものである。

もしそんな上開の女を配偶者にできれば、男にとって人生、これ以上のしあわせはあるまい。