アドラーとフランクルの類似点

私たちは、知らず知らずのうちに、自分がそう生きることになる
人生のストーリーを無意識のうちに選んでいる。

この無意識のうちに選択している「人生ストーリー」を意識化し、新たな人生ストーリーを「最選択」することで、人間は、はじめて真の「自分の人生」を生きることができるようになる。この考え方は、現在『嫌われる勇気』で大人気のアドラーの心理学と、アドラーの弟子で『夜と霧』の著者であるフランクルの心理学に共通するものである。

人生を幸福へ導く2つの心理学を、人気カウンセラーの諸富祥彦氏が解説する。

①自分が無意識のうちに取ってまた人生のスタイルに意識化し、人生を「再選択」することで人は変わるのだ、と考える点、そして②自分を越えた「何か」のために生きるときにだけ、真の幸福は訪れるのだ、と考える点。この二点において、アドラー心理学とフランクル心理学は共通しています。

フランクルは20代前半の頃、アドラー心理学の若手のエースでした。つまり、フランクルはアドラーの弟子だったのです。しかし後に、フランクルはアドラーに「破門」され、仕方なく、独自の心理学(ロゴセラピー)を創始するに至ります。「人生の意味」を中心テーマとするフランクルの心理学はアドラーから破門されることで、形成されていった感があります。

しかし皮肉なことに、アドラー心理学は、晩年には、「人生の意味の心理学」となってきます。つまり、弟子のフランクルが先に取り組んでいた、「人生の意味」というテーマにアドラーは晩年に取り組み始めたのです。

晩年の思想は、ほぼ人とフランクルの思想と重なるようになっていきました。残念ながら破門後、両者の交流は行われませんでした。

フランクルの兄貴分が謀反したことがきっかけで、フランクルはアドラーから破門されたのですが、それがなければ自分はずっとアドラー派の一員でいただろう、と後にフランクルは述懐しています。 

 

 

しかも、フランクルの生まれた家と、アドラーの住んでいた家は、ほんの一本の道を隔てた斜め向かいにありました。ある雑誌のテレビのインタビューを受けて、フランクルはこう言っています。

 

「私とアドラーとの違いは、ちょうど住んでいる家の位置くらいの違いです。ほとんど同じなんです。けれども、ちょうどななめ向かいにあって、向いている方向性が少し違っているのです」。

                

フランクル心理学とアドラー心理学に違う点はあります。しかし私は、両者の共通点に着目して、アドラー心理学の最終形態として、フランクル心理学を読み解いてもいいのではないか、と考えています。

 

自分を超えた何かのために生きるときに、人は真に幸福になれるのだ――こう考えるという点でも、アドラー心理学とフランクル心理学は、根本的に同じ構造をしています。現代人が幸福になる上で、最も重要なことを両者は少し異なる角度から照らし出してくれているのです。

 

給料とか、出世とか、自分の損得にばかりこだわっていては、真の幸福は望めません。幸福は、自分の幸福しか求めていない人から逃げていきます。

 

アドラーが「共同体感覚」と言い、フランクルは「意味への意志」というように、私たち人間は、自分を超えた「何か」のために生きるときに、はじめて本当の意味で幸福になることができる。二つの心理学は、あなたが真に幸福になることができる人生を「再選択」する上で最も重要なこのことを教えてくれるのです。