米海軍の公式戦史が、日本海軍に“してやられた”と舌を巻いて賞賛する作戦が2例ある。その1は、1943年(昭和18)7月のキスカ撤収作戦であり、その2は、前年11月の米国海軍が“最後に大敗を喫した”と自認する、ルンガ沖夜戦である。前者は豪胆さと緻密な計画で、アリューシャン列島に孤立していたキスカ島守備隊員5182名を米軍の厚い包囲下、濃霧を利用して全員を無事救出。何も気づかない彼らは絨毯爆撃と大規模な上陸作戦を敢行。島に上陸してみると、見出したのは空っぽの兵舎と犬一匹だった。まんまと“一杯食わされた”と慨嘆したが、日本海軍部内では指揮官木村昌福少将の声価は高まるばかりであった。

 一方、ガダルカナル島攻防戦で、食糧のドラム缶輸送を担当した駆逐艦部隊8隻が11月30日夜、待ち受けていた米国巡洋艦部隊と遭遇。レーダーを持たない司令官田中頼三少将はとっさに艦上のドラム缶放棄を決断。「全軍突撃せよ!」の命令下、各艦は暗夜の目標――米巡洋艦5、駆逐艦6隻の強力な艦隊にむけ魚雷攻撃を敢行。

 30分もたたないうちに重巡洋艦ノーザンプトン沈没。同ペンサコラ、同ニューオリンズ、同ミネアポリス3隻大破という大戦果をあげた。味方被害はわずかに駆逐艦高波1隻沈没という圧倒的な勝利であり、残る全駆逐艦は反転、無事基地にもどった。