オバマ大統領は、なぜ理想を語り続けるのか(写真:ロイター/アフロ)

政治家の前に法思想家であったオバマ大統領

原爆ドーム。現職の大統領として、この場所を訪れたのは、オバマが初。

 バラク・オバマ大統領は、なぜどんな時でも「理想」を語り続けるのか。それは、彼が「懐疑主義者」だからである。完全な正しさなどなく、どんな問題も瞬時に解決できるような解決策はない。明るく力強いオバマの言葉は、いつもこのような疑念を前提としている。

  広島の演説では「核兵器なき世界」の理想を掲げつつ、「私が生きているうちにこの目標は実現できないかもしれない」と述べた。ノーベル賞受賞演説では「我々は誤りに陥る。間違いを犯し、自尊心、権力、時には邪悪の誘惑に屈する。最も善意を持った人びとも、目の前の悪をただすことができないときはある。」と述べている。
 「チェンジ」や「希望」「理想」を掲げるオバマが語る言葉にはむしろ、全ての変革を瞬時に行うことはできず、人間は不完全で誤りうるものだという懐疑的な認識があることが見て取れる。

 オバマの言葉や行動をアメリカ思想史の中に位置づける解釈を行ったジェイムズ・クロッペンバーグの著書『オバマを読む アメリカ政治思想の文脈』(岩波書店)によると、このようなオバマの懐疑主義的なスタンスが形成された要因として、彼が学問的なキャリアの中で触れてきた様々な思想からの影響があるという。

 オクシデンタル大学では政治学者ロジャー・ボシェからジェファソン、マディソン、エマソン、ソロー、ニーバーといったアメリカの思想や、マキャベリ、トクヴィル、マルクス、ヴェーバー、ニーチェ、ハーバーマス等のヨーロッパの思想を教わった。
 ハーバード大学ロー・スクールでは『ハーバード・ロー・レヴュー』編集委員議長として、共和主義、コミュニタリアニズム、熟議デモクラシー、プラグマティズムの立場からなされた多様な議論に触れた。シカゴ大学ロー・スクールに教員として勤務していた時の同僚には、リチャード・ポズナー、マーサ・ヌスバウム、キャス・サンステイン等がいる。オバマは政治家である前に、第一級の法思想家でもあったのだ。

価値観の違いを超えて他者と連帯する 

 オバマが触れてきたアメリカの思想の多くに共通しているのは、人間は究極の真理に到達することは難しいということ、そして、人びとの価値観は相容れず、対立の解消は難しいということである。このような懐疑主義は、ニーチェやポストモダンの思想など、ヨーロッパの現代思想と共通している部分もある。

 ヨーロッパの懐疑主義は、人間性や近代社会の批判といった深い懐疑へと至る。一方、アメリカの懐疑主義は、誰もが受け入れられる「唯一の正しさ」へ到達し、対立を解消することが難しいからこそ、暫定的な「それなりの正しさ」を肯定し、対立が完全に解消せずとも争いが生じないような「和解」を生み出すためにはどうすれば良いのかと考える。

 アメリカは出自の異なる人びとによって作り上げられた国である。旧大陸の身分から解放された人びとがコミュニティの平等な成員となり、積極的に参加して統治を行ってきた。時には、同じコミュニティの内部でも宗派や文化が違う人たちが居たことだろう。コミュニティの成員としては仲間であっても、価値観の話になると喧嘩沙汰になることもあったかもしれない。

 そんな時に必要とされるのは、全員を無理やり同じ価値観に統一させるのではなく、お互いの価値観の違いを無視してコミュニティの人びとにとっての共通の問題を解決するために連帯し、仲間となって力を合わせることだ。
 全員が共有できる唯一の価値観はなく、対立を簡単に解消することは出来ないということ、そしてだからこそ実際に直面している具体的な問題を解決するために、違いを乗り越えて連帯すること。これこそがアメリカの哲学、法学、社会思想などに見られる「プラグマティズム」の発想なのである。

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