イラスト/フォトライブラリー

現代の卑猥語の筆頭は、なんといっても「お◯んこ」であろう。四文字語とも呼ばれる。

いまだに完全表記は自粛されており、官能小説でも、スポーツ新聞や週刊誌の性風俗記事でも「お◯んこ」と表記されている。もちろん、◯が「ま」であるのは常識であろう。まさか、「おまるんこ」と読む人がいるとは思えない。

さて、この卑猥語には両様の意味がある。「ねえ、お◯んこ、見せてよ」というときは、女性器の意味である。「ねえ、お◯んこ、しようよ」というときは、性交の意味である。

英語の四文字語(four letter word)のfuckは「性交する」という意味の動詞であり、女性器の意味はない。

とすると、日本語は便利なのだろうか、それとも語彙が貧弱なのだろうか。

しかし、江戸の性語は豊穣だった。

江戸の性語では女性器のことを「つび」「ぼぼ」と呼ぶが、後者には性交の意味もあった。つまり、「つび」はあくまで女性器、「ぼぼ」は女性器と性交の両様の意味があり、現代の「お◯んこ」に近い。また、性交の意味にはもっぱら「交合(とぼ)す」が用いられた。

さらに、江戸では「おまんこ」も立派に用いられていた。この性語はけっして近代になってから使用され始めたのではない。

『逢夜鴈之声』(歌川豊国、文政五年)に、女湯の情景が描かれている。

母親に体を洗ってもらいながら、幼い子供が言う。

「おっ母ぁや、おまえのおまんこに毛がたんとあるから、抜いてくんねえ。おもちゃの人形へ付けるからよ」

自分の母親に陰毛を抜いてくれとせがんでいる。なお、子供が母親に「おまえ」と呼びかけているのは現代人には違和感があるが、おまえは当時は敬称だった。

『祝言色女男思』(歌川国虎、文政八年)に、幼い男の子と女の子が夫婦ごっこをしている光景がある。夫婦ごっこは、いまでいうお医者さんごっこであろうか。

男の子が、女性器を見せるようにせまった。

「もっと前をまくって、ぼぼを出しねえ」

「おやおや、またぼぼとお言いだよ。おまんこと言うものだよ」

女の子が、男の子の言葉をたしなめた。

『天野浮橋』(柳川重信、天保元年)に、十五歳の娘がこう描写されている。

――娘もとうから心はやり、おまんこに毛もうすうすと生えてくる。

以上を総合すると、江戸の「おまんこ」は幼児語だった。女の子の陰部をさす言葉でもあった。要するに、かわいらしい表現だった。成熟した女の陰部は「ぼぼ」、「つび」である。やはり、現代は語彙が貧弱化しているといえまいか。