善玉菌と悪玉菌
大人の腸内にもビフィズス菌がいることがわかった

さまざまな病気や老化の原因を作り、私たちの健康の鍵を握る重要な存在として、「腸内細菌」に注目が集まっている。「腸内フローラ(腸内細菌叢)」という言葉もよく耳にするが、腸の中で500種類100兆個以上もの細菌群が、まるでお花畑のように生態系を形成しているため、こう呼ばれるようになった。60年以上前から腸内細菌を研究し続けてきた、腸の世界的権威・東京大学名誉教授の光岡知足さんに、腸のメカニズムについてうかがった。

 

「人間の消化管は、口から肛門まで。その内側は皮膚と同じ体の表面で、びっしり菌がついています。中でも圧倒的に菌が多いのは大腸なんです。胃は酸が強く、小腸には免疫細胞という番人がいるから、ほとんど細菌が生育しない。そこで、便を調べることから、腸内細菌学が始まりました。研究に着手した1950年代には、まだ腸内細菌の培養法が確立されていませんでした。当時使われていた寒天では、大腸菌や腸球菌などごく一部の腸内細菌しか培養できなかったんですね」

 

そこで、光岡さんが新たに開発したのが、高栄養のBL寒天だ。今までの100〜1000倍の細菌を発育させることができる画期的な方法だった。

 

「腸内には、空気のあるところを嫌う嫌気性細菌が多数生息することがわかっていました。このBL寒天は、それまで培養できなかった嫌気性細菌を発育させられ、その結果、大人の腸内では乳酸菌の仲間であるビフィズス菌が最優勢であることを発見できたんです」

 

現在ではよく知られている事実だが、当時ビフィズス菌は乳児の腸内にしかいないと考えられていたため、光岡さんの仮説はなかなか受け入れられなかった。だが、この発見を機に、腸内細菌の実態が明らかになっていった。

 

「人の体に有用な働きをする菌を善玉菌、逆に有害な菌を悪玉菌と名付け、そのどちらでもない日和見菌が大多数を占めることもわかりました。善玉菌の代表格がビフィズス菌です。研究を進めるにつれ、ビフィズス菌と食べ物や健康との関連性が明らかになってきました。それまで大腸菌のイメージが強かった腸内細菌は、私たちの健康を害する悪い存在と見なされていましたが、健康にプラスの働きをする菌としてビフィズス菌が認められたことで、一気に注目が高まったのです」

 

 80年代になって、ようやく腸内細菌学の体系が確立し、腸内環境を整えると健康状態を改善できることが一般にも知られるようになる。DNA解析による研究も進み、新たな細菌の種類やその働きもわかってきた。腸内フローラは、人それぞれ異なり、どんな菌がどのようなバランスで生育しているかを調べることによって、病気の予防や体質改善に役立つ可能性も出てきた。

 

「食事の内容やストレス、健康状態、生活環境によっても、腸内フローラは変化します。肥満や老化とも関係が深い。それどころか、がん、糖尿病、肝硬変、動脈硬化、高血圧など、さまざまな病気に腸内細菌が関わっていることがわかってきました」

 

〝腸は第二の脳〟と言われるように、神経伝達物質を多く生成している腸は、脳の働きにも影響を与える。認知症や精神疾患と腸内細菌との関係が解明される日も、そう遠くなさそうだ。

 

監修 光岡知足さん
東京大学名誉教授

1930年千葉県生まれ。東京大学農学部獣医学科卒業。農学博士。58年、理化学研究所に入所。腸内細菌研究の第一人者として、同分野の樹立に尽力。著書に『腸を鍛える〜腸内細菌と腸内フローラ』(祥伝社新書)他多数。