イラスト/フォトライブラリー

駒込竹町に住む町人の女房は病的に嫉妬深く、ささいなことで亭主の浮気を疑った。

文化11年(1814)4月1日の夜、亭主が熟睡しているのをみすまし、女房はカミソリでスパリと陰茎を切断した。切り取った陰茎を持って出奔したが、女房はかねてから計画していたのか、自分の髪の毛を切って残していたという。亭主は痛みに泣き叫んだ。煙草の葉を傷口にあてて血止めをしようとしたため、かえって腫れあがった。近所の人々は、「命は助かるまい」と噂した。

『我衣』に拠ったが、チン切り事件は「阿部定事件」が初めてではなかったことがわかる。『藤岡屋日記』にも、チン切り事件が記されている。

安政2年(1855)6月4日のこと。麹町に住む三河屋金兵衛と女房のお里が夫婦喧嘩をした。しばらくして、金兵衛が昼寝をした。まだ気分がおさまっていなかったお里は、のんきに眠っている亭主を見ていると急に激しい怒りが込みあげてきた。暑い時季のこともあって、着物の裾ははだけ、ゆるんだふんどしから陰茎が見えていた。お里は小刀を取り出してくると、亭主の陰茎に切りつけた。「ギャー」金兵衛が悲鳴をあげる。近所の人が駆けつけ、大騒ぎになった。医者の田村宗哲が呼ばれ、傷口を二針縫って縫合した。その後、陰茎は快方に向かったという。三河屋金兵衛の場合は切断にまでいたらなかったし、傷口もどうにかつながったようだ。全快後、夫婦の性生活はどうだったのだろうか。気になるところであるが、そこまでは書かれていない。女房が陰茎に切りつけたことから見て、夫婦喧嘩の原因は亭主の浮気だったのであろう。