腸研究分野に最先端の医療技術が集結している
 

腸内細菌の研究が加速したのは2004年ごろ。その理由の一つが、メタゲノム解析やメタボローム解析の本格化である。

「腸内にどのような微生物が存在し、どのような機能を持っているのかを、最新のテクノロジーで網羅的に解析する技術が進みました」

慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授の福田真嗣さんは、この新技術を駆使して、2011年にビフィズス菌による腸管出血性大腸菌O157感染を予防する分子機構を明らかにした。

「進歩の理由はもう一つ。研究者の人数が増え多角的に研究されるようになったことです。ヒト染色体の遺伝子情報をすべて解読し明らかにするために世界的に行われていたヒトゲノム計画が2003年に終わりました。その研究者の一部が腸内細菌の分野に参加して、遺伝子解析のテクノロジーを用いたアプローチも可能になったのです」

そんな中、驚くべき治療方法が、2013年にオランダのグループから報告された。それが、〝便移植〟(便細菌叢移植)だ。

「報告された臨床試験では、偽膜性腸炎という腸管感染症患者に対して、通常の抗生物質治療よりも、健康な人の便の懸濁液を投与する便移植治療法の方が、治療効果が高いことが報告されました」

「慶應義塾大学医学部消化器内科の金井隆典教授らのグループは、クローン病や潰瘍性大腸炎、過敏性腸症候群などの腸管関連疾患患者に対して、便移植治療は効果があるかどうかを調べるため、臨床試験を実施されています。アメリカでは便をすべて注入するのではなく、必要と思われる微生物を腸内からピックアップしてカプセルに入れて、薬として使用する研究も始まりました」

福田さんの研究室では、個人個人の腸内環境に適した微生物サプリメントの開発も進めている。

「一人一人の腸内フローラは、長年の食生活でバランスがほぼできあがっています。ヨーグルトを急に食べ始めても、新しく入る微生物はすぐには定着できません。生存競争に勝ち抜いてきた強い微生物が居すわっており、それらになかなか勝てないからです。ならば腸内にもともといる微生物を取り出して培養し、乾燥させて、カプセルに入れて飲んだらどうだろう。もともと自分の腸内にいた細菌ならば適応しやすく、すぐに腸内に定着できるんじゃないかと。食品から外来の微生物を摂取するよりも速く、効率よく、腸内環境が整い、ひいては健康を手に入れられるのではと期待しています」

福田さんが目指すのは、便の有効利用による「病気ゼロの社会」だ。

「生きるために人間は食べ続けます。排泄もし続けます。世界中で毎日大量に作られている便をこのままただ汚いものとしておくのではなく、最先端のテクノロジーを駆使して、人間の健康に還元したい。そのために、腸内フローラを網羅的に解析してエビデンス、つまり検証結果を示して、実用化につなげたいですね」

 

監修:福田真嗣さん
1977年茨城県生まれ。明治大学大学院農学研究科博士後期課程修了。博士(農学)。学位取得後、独立行政法人理化学研究所研究員として勤務し、2012年より慶應義塾大学先端生命科学研究所特任准教授。2011年にビフィズス菌による腸管出血性大腸菌O157:H7感染予防の分子機構を世界に先駆けて明らかにし、2013年には腸内細菌が産生する酪酸が制御性T細胞の分化を誘導して大腸炎を抑制することを発見、ともに「Nature」誌に報告。2015年、株式会社メタジェンを設立(慶應義塾大学と東京工業大学のジョイントベンチャー)。著書に『おなかの調子がよくなる本』(KKベストセラーズ)がある。