2016年7月8日(金)に『『ベルサイユのばら』で読み解くフランス革命』(ベスト新書)を刊行する池田理代子先生に、漫画で歴史を描く際に大切にしている考え方、スタンスを聞きました。

 

「たられば」は歴史を描く上ではご法度
だからこそ、フィクションでも史実はなるべくおさえた

――池田先生の『ベルサイユのばら』は、かなり実際の歴史に忠実に描かれていると思うのですが、「もしもマリー・アントワネットが処刑されずに生きていたら……」など、考えられたことはありますか?

池田理代子先生(以下、池田先生):『ベルサイユのばら』は必ずしも史実に忠実とは限らなくて、時系列もあえて変えているところとかがあるのですが、それでも、「たられば」は考えませんでした。歴史ものを描く時に、「もしこうだったら……」は絶対に考えちゃいけない、というのが私のスタンスなんです。
 

――それはなぜですか?

池田先生:歴史を見るための観点について、ルイ16世が重要なことを言っているんです。“当事者でない、外側の安全なところにいて人を批判するのは、たやすいことだ”、と。周りに散々言われたんでしょうね、フランスに革命を起こしてしまった腰抜けだのなんだのと。私の歴史観は、このルイ16世の言葉と一緒なんです。当事者でないのに、「この時こうしていれば」とか言うのは、すごくたやすい。

写真を拡大 ルイ16世の「安全な場所から人を非難するのはたやすいことだ」というセリフは、『ベルサイユのばら』作中でも描かれている

――なるほど、ルイ16世自身は自分の周囲の人間に対してその言葉を言ったのでしょうけれど、現代の私たちにとっては「その時代に生きていたわけでもないのに、当時の人についてどうこう言わないでほしい」という言葉にも聞こえますね。

池田先生:そうなんです。だから例えばですけど、私は、ルネサンス以前の歴史はあまり描かないんです。なぜかというと、その当時の人たちが何を考えてるか、いまいちわからないから。わからないのに描くことは、やっぱりできないですね。
その後の歴史の成り行きを知っているから、私たちはとやかく言うことができますけど、だからこそ、あとの時代から前の時代を批判するというのは、やっぱり慎まなきゃいけないことなんです。前に何かの本に、“中世の人が中世的であって何が悪いんだ”って書かれていたのを読んだんですけど、本当にその通りだと思いますね。それこそが、歴史を考える場合に一番大事なことじゃないですか?
ルイ16世は当然そんなことまで考えていなかったでしょうけど、とてもいいことを言ったと思います。
 

――フランス革命で言うと、ナポレオンも、戦争ばかりしていた冷たい指導者だと批判を受けることがありますが、かなり安易なものの見かたかもしれませんね。

池田先生:表面の部分だけ見て、わかるはずがないですよね。ナポレオンについては私も『栄光のナポレオン―エロイカ』という漫画で描いていますが、ナポレオンを戦争好きの悪者とか、冷たい政治家みたいに思っている方がいれば、ぜひ彼の書いたラブレターを読んでいただきたい。カーッとのぼせやすい、とても魅力的な人物像が見えてきますよ。
 

――歴史ものに「たられば」を持ちこまない、そして人物像については表面的な情報だけで決めつけないという、池田先生の歴史観と漫画に対するスタンスがとてもよく伝わってきました。ありがとうございました!