イラスト/フォトライブラリー

かつて中国に纏足(てんそく)の風習があった。幼い女の子の足を布で固く緊縛して、人為的に発達させなくするものである。成人してからも女は足が極端に小さいため、よちよち歩きしかできない。纏足によって足の骨は極端に歪曲し、ハイヒールの靴のような形状になる。こんな足の骨で成人女性の体重をささえるのだから、走ることはもちろん、さっさっと歩くこともできない。外出時には杖が必要だった。

纏足をするのは上流階級の女である。農民や商人など庶民の女は纏足をしなかった。女も労働に従事しなければならないからである。そのため、纏足は富裕な家に生まれた女の象徴でもあった。

この纏足の風習は唐時代の末期に始まったとされるが、清時代になって禁止令がしばしば出されたものの、根絶できなかった。完全に廃止されたのは第二次世界大戦後、中国が社会主義になってからだった。

その後、中国共産党が経済の改革開放路線に舵を切り、国をひらいた。その直後、訪中した筆者は北京で纏足をした老女を見かけた。人民服を着て(当時、中国人が着ているのはみな同じ人民服だった)、杖をつき、よちよちと歩いていた。まさに革命前の中国の遺産、いや遺老であろう。歴史の生き証人といおうか。そのとき筆者は写真に撮りたい誘惑に駆られたが、さすがに遠慮した。

さて、この醜悪ともいうべき纏足の風習について、「纏足で人為的に両足を小さくすることによって陰部の締りがよくなる」という説がある。要するに、女の局部を名器にするためというのだ。もっともらしい説だが、科学的な証明は皆無である。風習の由来は「よくわからない」というしかない。

しかし、中国の男たちが纏足をめでたのは事実である。男たちにとって小さな足と、よちよち歩きは性的な魅力だった。

清時代の春画に、纏足した両足で陰茎をはさみ、愛撫しているものがある。春本でも、纏足の足で陰茎を刺激される妙味に言及しているのを読んだ記憶がある。中国の男にとって、纏足で陰茎を刺激されるのはえもいわれぬ快感だったようだ。

ところで、女が手で陰茎を刺激して射精にいたらしめる性技を「手こき(英語ではHandjob)」という。纏足で刺激するのはさしずめ「足こき」であろうが、日本ではまだ性語として定着しているとはいえまい。それとも、筆者が知らないだけだろうか。なお、英語圏では女が両足で陰茎を愛撫する性技をFootjobといい、性語としてちゃんと存在する。

ここまで中国の風習の奇怪さを述べてきたが、わが国にも同様な風習はあった。お歯黒である。

江戸時代の女は結婚すると歯を黒く染める、お歯黒の風習があった。この風習の由来も諸説あるが、どれも決定的なものではない。けっきょく、「よくわからない」というしかない。

江戸時代に来日した西洋人はみないちようにお歯黒を嫌悪している。彼らの目には醜悪で野蛮な風習に見えた。西洋人のなかにはお歯黒について、「結婚した女をわざわざ醜くするのは、ほかの男が言い寄るのを防ぐため」と理解した者もいた。もっともらしい説である。

しかし、吉原の遊女もお歯黒をした。男の淫心をそそる遊女がお歯黒をしていたのである。当時の日本の男はお歯黒を魅力と感じていたことになろう。現代人にはとうてい理解できない感覚である。

繰り返すが、中国の纏足も、わが国のお歯黒も、その由来はよくわからない。