イラスト/フォトライブラリー

ある女が家のなかでふと立ちあがったところに、猫に追われたネズミが走りこんできた。猫からのがれようとして、ネズミは女の着物の裾のなかに逃げ込んだ。そのまま女の足をつたって上にのぼっていく。

「きゃー」

女は絶叫し、あお向けに転倒してしまった。ネズミは女のふところをくぐり抜け、袖から飛び出して逃げ去ったが、追いかける猫は続いて女の裾のあいだからもぐりこむ。そのまま裾の奥に進み、陰部にガブッと噛みついた。

「ギャッ、助けてー」

女は苦痛にうめき、振り放そうとするが、猫はますます深く牙を立てた。人が駆けつけて猫を振りほどいたが、局部を深く噛まれており、重傷だった。これを聞き、人々はおもしろがって噂した。

「猫はきっと、陰毛の茂っているのをネズミと間違えたのであろうよ」

医師の吉田盛方院(よしだせいほういん)が正月元日、風呂からあがって浴衣姿でくつろいでいるところに、日ごろかわいがっている猫がネズミをくわえてやってきた。猫が歯をゆるめた拍子に、まだ死んでいなかったネズミがツツと走り、盛方院の浴衣の裾からなかにもぐり込んだ。猫もネズミを追って浴衣の裾のなかに走りこむ。勢い余って、盛方院の陰茎にガブリと噛みついた。この傷がもとで盛方院は死んだが、家族は世間体をはばかり、病死ということにして葬儀をおこなった。

ともに松浦静山(まつらせいざん)著『甲子夜話』に拠った。ふたつのことがわかる。

ひとつは、江戸の猫は野性味にあふれ、ネズミをつかまえてエサにしていたことである。現在の猫はキャットフードやそのほかのエサに飽食している。もしネズミが出現すれば、怖がって逃げ出すかもしれない。

ふたつは、当時の下着が貧弱だったことである。とくに女の下着は腰巻(湯文字)で、腰のまわりに布をぐるりとまいただけだった。現在のようなパンティーとは異なり、ネズミも猫もやすやすと局部に接近することができた。いっぽう、男はふんどしで局部を包んでいた。だが、上記の事件のとき吉田盛方院は湯上りだけに、浴衣の下はなにもつけず、いわゆるフリチンの状態だったのかもしれない。陰茎の噛み傷がもとで死んだのは、おそらく病原菌に感染したのであろう。抗生物質がなかった当時、傷口からの感染は致命傷となった。

さて、日本の夏は蒸し暑い。とくに庶民の多くが住んでいた江戸の裏長屋は、建物が密集しているため風通しも悪く、夏の蒸し暑さは耐え難いものがあった。男はふんどしひとつ、女は腰巻だけの裸というかっこうが珍しくなかった。まわりがみんなそんなかっこうであれば、べつに恥ずかしくはない。裏長屋の住人のあいだでは、ふんどしがゆるんで陰茎が見える、あるいは腰巻がめくれて股の奥がのぞくなどは日常的な光景だった。