第19回 
目的達成に必要なもの


反応は単なる計算

 前回、問いかけに反応するのは「発想」ではない、と書いた。多くの人が、「でも、問題を解くためには頭を使う。反応であっても考えていることになるはずだ」と反論したくなっただろう(ならなかった人は、それさえ考えなかったことになり、やや心配)。
 「考える」には、二種類ある。一つが、「発想」すること。もう一つは、「計算」である。問いかけに反応するとき、大部分は後者の「計算」をしているだけなのだ。多くの場合、知識や法則に照らし合わせて、答を選択したり、導いたりする。落語家の大喜利が(僕にとって)つまらないのは、計算結果を見せられるだけのものが多い、という意味である。一方、「発想」というものは、そんな一分や一時間で頭から出てくるものではない。それこそ、じっくりと考える、頭を使う行為なのだ。
 算数や数学の問題でも、計算問題ならばすぐに作業を始めることができる。計算とは、そういうもので、肉体労働に近い。しかし、応用問題になると、最初に何を考えるのかを考えることになる。エンピツを持った手は止まり、一文字も書けない時間が続く。これが「発想」を絞り出そうとしている時間であり、僕が前回「頭の運動」「考える」と書いた行為なのである。
 もちろん、「計算など不要だ」という話ではない。それは、頭を動かすための訓練にはなる。ストレッチみたいな運動といえる。したがって、小さい子供に計算で頭を動かす練習をさせることは間違っていないと思う。そういった頭の訓練をしているうちに、いろいろ別のことを思いつくかもしれない。また、思いついたときに、そのイメージを認識し展開するためにも、日頃から頭の運動をしていると有利だと思う。いわば、頭の俊敏さみたいなものが身につくからだ。

 

考えて、どうするのか?

 さて、考えただけでは、実際にはなにも成すことができない。自分の道を見つけるには、考えることが第一だけれど、実際にその道を進むことができなければ、絵空事になってしまう。自分には確固たる夢が既にあって、ただ現実としてこれを実行する環境が整っていない、と考えている人も多いはずだ。
 目標を達成するために必要なものは、時間、資金、場所といわれている。頭文字を取って、TMSである。実は、これ、『鉄道模型趣味』という雑誌の頭文字と同じで、この雑誌の中で、鉄道模型のジオラマを製作するために必要な三つの条件として頻繁に語られている。子供のときからこの雑誌を読んでいたので、「そうだな、その三つだよな」と僕も考えるようになった。逆に言えば、その三つの条件を整えることが、夢を実現させる道筋となる。
 資金がなくても時間があれば、なんとかなる。もちろん、時間や場所は、資金によってある程度得られる。今、自分には何が不足しているのかを考え、そこを重点的に攻略していけば、文字通り道が開けてくるだろう。
 たとえば、僕には、自分でミニチュア鉄道を作りたい、という夢が小学生のときからあった。四十歳も近づいた頃に、今のままでは実現できないのではないか、と考えた。時間はなんとかなるけれど、線路を敷く場所がない、それに資金もない。借家に住んでいたし、子供たちもこれから教育費がかかる時期だった。となると、まずは資金をなんとか手に入れる必要がある。それが得られれば、田舎の土地を借りられる。少しずつ時間を捻出して、週末に通えば、実現できるのではないか、と計画を立てた。
 公務員だったので、給料は決まっている。残業手当が一銭も出ない職種だったので、本業ではこれ以上稼げない。そこで、夜の間に小説を書くバイトをしよう、と考えた。駄目だったら、また別の方法を試してみよう、などと、幾つかバイトの候補も思い浮かべた。
 すぐにこれを実行して、たまたま上手くいった。その結果、こうして作家になってしまったのである。

 

作家はバイトでやっている

 つまり、僕は今バイトをしているのだ。目的は、庭園鉄道を建設することで、自分一人だけが楽しめれば良い、と考えている。人に自慢したり、家族で楽しもうなんて、これっぽっちも思っていない。
 偉そうなことを書いているが、そのとおり、偉くもなんともない。我が侭で自分勝手を通しているだけだ。当然ながら、周囲の軋轢を避けるために、多少は気を遣う。それは、「摩擦」みたいなもので、動くときには避けられない抵抗だ。自由には、摩擦熱が伴うものである。

 

この時期、庭園内でリスが走り回る光景を毎日見かける。樹の葉が茂ると空から襲われないためだろうか。