イラスト/フォトライブラリー

第16回では、女と男が猫に局部を噛まれた事件を紹介した。今回はネズミに局部をかじられた事件で、『藤岡屋日記』にある。

芳町(よしちょう/いわゆる花街であった)の万久という料理茶屋に、下総船橋(千葉県船橋市)出身の、おさきという女が女中奉公していた。安政4年(1857)閏5月のこと。このとき、おさきは21歳だった。

夜、おさきが寝ていると、局部に鋭い痛みを覚えた。目を覚ましたおさきは虫に刺されたのかと思い、股のあたりを見ると、一匹のネズミが走って逃げていった。なんと、ネズミに局部をかじられたのだ。たしかめると傷があり、血も出ていた。女の身ということもあって、とても人には言えない。誰にも告げず、秘密にしていた。

その日以来、おさきは湯屋にも行かない。朋輩の女中たちが不審に思い、たずねた。
「どうして湯屋に行かないんだい。体の具合でも悪いのかい」
おさきも隠し切れず、
「夜中に、あそこがチクッとしてね。虫に刺されたか、ネズミにかじられたらしい。傷が治るまで、湯にははいらないつもりさ。恥ずかしいから、人には言わないでおくれよ」
と、風呂にはいれない理由を打ち明け、くれぐれも口外しないよう念を押した。

こういう噂はすぐに広がる。しかも、尾鰭(おひれ)がついて流布(るふ)する。ついには、こんな風評にまでなった。
「芳町の万久の女中が、陰門をネズミにかじられ、毒がまわって死んだ」
実際は、おさきはやがて傷が癒え、風呂にもはいれるようになったという。

微妙な場所をネズミにかじられながら、よく病原菌に感染しなかったものである。もし感染していたら、抗生物質などない時代だけに悲惨な状態になっていたかもしれない。やはり、当時の人間、とくに農村出身者は強健だったことがわかる。幼いころから不潔な(現代にくらべて、という意味である)環境に育ち、しかも生きのびてきた。病原菌に対する免疫ができていたのだ。

また、当時の木造建築はすきまだらけだった。武家屋敷でも商家でも、夜中にネズミが廊下を走りまわる、台所で食べ物を食い荒らすなどは日常茶飯事だった。寝ていてネズミに鼻をかじられたなどという話は少なくない。