「下流老人」に代表される高齢者をはじめとして、子ども、ひとり親家庭など社会のあらゆる世代の「貧困」が問題となっていると感じている人は多いのではないでしょうか。しかし、その中にはまだ当然すぎるからこそ埋もれてしまっている部分があるようです。
 貧困を通して見える日本の社会構造にはどのような欠落があるのか、立命館大学産業社会学部丸山里美准教授にご寄稿いただきました。

◆「女性の貧困」報道から抜け落ちているもの

 2000年代に入ってから、貧困に社会的関心が集まっている。現在、日本の貧困率は16.1%といわれており*1 、メディアでも頻繁にその数値がとりあげられるようになった。当初は、ネットカフェ難民や派遣村などで見えやすい男性の姿が報道の中心だったが、最近では女性の貧困にも注目が集まり、シングルマザーとその子どもの困窮する生活実態や、貧困ゆえに風俗ではたらかざるをえない女性たちの様子も頻繁に報道されるようになっている。

 私のような女性の貧困を追いかけてきた研究者にとっては、これは歓迎すべき事態である。貧困に社会的関心が集まれば、その対策も講じられていくからである。しかし女性の貧困に関するこれらの報道から、決定的に抜け落ちているといつも感じている点がある。それはいったいなんなのか。

◆女性は「貧困にもなれない」?

 Aさんは50歳。現在、賃貸マンションで夫と中学生の娘と暮らしている。夫は自営業で年収600万円、娘は目に障害があり、本人は専業主婦である。以前からときどき夫に暴力をふるわれていたが、最近になって暴力は徐々にエスカレートしており、娘に手がかからなくなってきたために離婚を考えはじめている。しかし彼女自身にはキャリアも特別なスキルもなく、仕事が見つかるか不安である。彼女名義の貯金もなく、この先、離婚をして暮らしていけるのかと考えると、なかなか家を出る決心がつかない。

 Bさんは31歳。現在妊娠中。資産家で会社役員の夫は暴言がひどく、最近うつと診断された。夫は生活費・医療費なども渡してくれず、結婚前に貯めた自分の貯金を切り崩して生活している。彼女が仕事をしようとすると嫌がり、友人づきあいも制限されている。数ヶ月前に家を出て、兄宅に年金暮らしの母とともに身を寄せている。夫とはときどき会う程度。精神科の医療費を軽減しようと自立支援医療制度に申請したが、夫に所得制限を超える収入があるため、申請は受けつけられなかった。

 AさんもBさんも、貧困者支援をしている相談機関に相談に来たケースである*2。Aさんは夫からのDVにあっており、離婚をしたいと考えている。しかし専業主婦である彼女には自分の収入がなく、その後の生活を考えると、別れられない。Bさんも、夫からの身体的なDVはないが、暴言がひどく、夫から生活費ももらっていないため、精神的・経済的DVにあっているといえるだろう。彼女はすでに夫と同居しておらず、実質的には結婚生活は破綻しているが、離婚はしていないため、制度上は夫の収入があるとみなされ、医療費の軽減制度の利用が認められなかった。

 AさんもBさんも現時点では夫に収入があるため、一般的な「貧困」であるとはいえないだろう。それでも彼女たちは生活に困っているが、そのような女性の困窮状態は、世帯を単位に貧困をとらえている限り、見えてこない。つまりこうした女性たちは、「貧困にもなれない」状態なのである。

次のページ 「貧困の女性化」が達成できない社会