本当の経済活動は、
社会のためになる道徳に基づかないと、
決して長く続くものではない
──渋沢栄一

 渋沢栄一氏について語るとき、必ずと言っていいほど持ち出されるのが、儒教の考え方に基づいた渋沢氏独自の価値観です。
 渋沢氏の代表的著作のひとつ『論語と算盤』に、次のような一節があります。
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 経済活動を行うにあたって、もしみなが、
「自分の利益さえ上がれば、他はどうなってもいいや」
と考えていたらどうなるだろう。むずかしいことをいうようだが、もしそんな事態になれば、孟子という思想家のいうように、
「利益のことなど口にする必要はない。社会のためになる道徳こそ大事なのだ」
「上にいる人間も、下にいる人間もともに利益を追い求めれば、国は危うくなる」
「もし、みんなのためのことを考えずに、自分一人の利益ばかり考えれば、人から欲しいものを奪い取らないと満足できなくなる」
 といった事態になるのである。だからこそ本当の経済活動は、社会のためになる道徳に基づかないと、決して長く続くものではないと考えている。
(渋沢栄一/守屋淳・訳『論語と算盤』より)
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写真:近現代PL/アフロ

 明治期以降の近代日本で、膨大な数の事業を起こした渋沢氏。その姿勢に一貫しているのは、「論語」に代表される儒教的な精神性でした。私利私欲だけにとらわれることなく、社会のため、他の人々のためになるビジネスを広めて、利益を還元していく。渋沢氏は生涯を通じて、そうした取り組みを実践し続けた人物なのです。
 そう聞かされると「きれいごとを言うな!」と憤る人もいるかもしれません。「当時といまとでは、環境が違いすぎる。昔は経済活動も、人々の考え方も牧歌的だったから実践できたのかもしれないが、現代においてはなかなか難しい」などと、時代や環境の違いに結びつけて、真剣に耳を傾けようとしない人もいるでしょう。

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