ペリー提督の黒船来航により開国を余儀なくされた日本は、開国後に多数の使節団を欧米へ派遣した。丁髷に袴、大小の刀を差した彼らの姿は海外の人々の目に異様な姿として映り、新聞の挿絵になるほどであった。そんな、海を渡った侍たちの姿を撮った貴重な写真が現在も多数残っている。
「咸臨丸の艦長 勝 海舟」
ティンタイプ 81×68mm 
撮影者:ウィリアム・シュー(サンフランシスコ) 撮影年:1860年

■200年余りの鎖国を終え、海外へと渡った丁髷姿の侍たち

嘉永6年(1853)、翌7年、日本遠征艦隊司令官ペリー提督が黒船を率いて日本に来航。それまで鎖国政策を続けてきた日本は、嘉永7年に日米和親条約を締結し、200年以上閉ざし続けた扉を開くこととなる。安政5年(1858)に日米修好通商条約を締結すると、本格的に外国船が来航するようになり、幕府は条約の批准や改正交渉のために欧米へ使節団を派遣するようになった。

開国後初の公式訪問団である万延元年(1860)の遣米使節団をはじめ、
文久元年(1861)の第1回遣欧使節団(フランス、イギリス、オランダ、ドイツ、ロシア、ポルトガル)、
文久2年(1863)に派遣されたオランダ留学生、
文久3年(1864)の第2回遣欧使節団(フランス)、
慶応3年(1867)にパリ万国博覧会へ派遣された徳川昭武率いる使節団、
新政府が明治4年(1871)に派遣した岩倉使節団(アメリカ、ヨーロッパ諸国)
と、数々の使節団が派遣された。

メンバー各自で使命は異なるが、丁髷(ちょんまげ)で袴をはき、大小の刀を脇に差した使節団の姿は、異国の人々にとって異様な姿として映り、新聞の挿絵になるほど話題になった。

そうした使節団のメンバーらが当時現地で撮影された貴重な写真や、挿絵が載った新聞が多数残されている。

東京都千代田区にあるJCIIフォトサロンでは、8月2日(火)から8月28日(日)まで『‐幕末・明治の肖像写真‐「海を渡った侍たち」』を開催。

遣米使節団の随行船・咸臨丸(かんりんまる)の艦長として随行した勝海舟、遣米使節と第1回遣欧使節に随行した福沢諭吉、オランダに留学した榎本武揚、岩倉使節団に随行した木戸孝允・伊藤博文・大久保利通など、幕末・明治維新の動乱期に欧米へ派遣された使節団の肖像写真、約130点を展示する。

また、津田塾大学の前身・女子英学塾の創設者である津田梅子を始め、岩倉使節団に随行した5名の女子留学生たちや、パリ万博内の日本茶屋で人気となった柳橋芸者など、海外へ渡航できた女性たちの姿も紹介される。

 

‐幕末・明治の肖像写真‐「海を渡った侍たち」
開催期間/2016年8月2日(火)~8月28日(日)
会場/JCII フォトサロン
  (東京都千代田区一番町25番地JCIIビル1階)
開館時間/10:00~17:00 ※入場無料
休館日/毎週月曜日(祝・祭日の場合は開館)