日本軍の来襲を予知していたアメリカ軍の戦闘機は有効な迎撃を行い、また攻撃機は接近する上陸部隊を乗せた輸送船団を襲った。さらに同島の陸上部隊もしっかりと防御態勢を整え、空襲による被害を最小限に抑えている。

 空襲の指揮官は、「第2次攻撃の要あり」と母艦に連絡した。このためアメリカの空母の出現を予想していた艦載機は、魚雷を陸用爆弾に積み替える作業となった。狭い空母の飛行甲板はこれにより大きく混乱する。

 この戦闘のさなか、ついに偵察機がアメリカの空母群を発見し、その報告が入る。となると艦載機の搭載兵器を再び対艦用に戻さなくてはならない。つまり対艦攻撃用→陸上用→対艦用と目まぐるしい作業の連続であった。これにはおのおの1時間を要している。 このさい次席指揮官の山口多聞は、陸用装備のまま発艦することを強く具申している。しかし南雲忠一はこれを退けてしまう。

 そしてようやく最初の艦載機が発艦したと同時に、今度は40機にのぼる急降下爆撃機が一気に襲いかかったのである。日本空母の甲板には爆弾、魚雷を積んだ艦載機が並んでおり、そこへ敵弾が命中すれば、結果は誰でも想像することができよう。爆弾命中は赤城、加賀、蒼龍とも2〜4発で、このような状況でなければ、中破程度の損傷で終わっているはずであったから、まさに最大の不運と言えるかもしれない。

日本海軍の空母に大打撃をあたえたアメリカ海軍のドーントレス艦上爆撃機