イラスト/フォトライブラリー

前回、性交の体位について述べた。その続きである。伝統的な体位が「四十八手」もあることから、わが国の性愛文化は高度に発達していたかのように自画自賛した本が少なくない。はたしてそうだろうか。

江戸時代に性愛文化が高度に発達していたのは否定しないが、少なくとも体位に関するかぎり、わが国は諸外国にくらべて限定されており、不自由だった。というのは、江戸時代はベッドがなかったので、段差が利用できなかったからである。

AVなどで現代のわが国、あるいは欧米のセックスの模様を観ると、ベッドや椅子を利用して高低差を作り、奔放な行為をしている。ところが、畳の上にじかに布団を敷く住環境では、これらの性行為は不可能だった。不可能ではなくとも、極度に困難といえよう。

しかし、人間はそれなりにくふうをする。「必要は発明の母」はセックスについてもあてはまる。『縁結出雲杉』(葛飾北斎、文政6年)に、敷布団を幾重にもかさねた上に女を座らせ、男が舐陰(しいん/クンニリングスのこと)をしている図がある。布団を重ねることで女の位置を高くすることができた。男のほうは動きに自由がきくし、姿勢も楽である。現代で言えば、ベッドの端や椅子に女を座らせてするクンニリングスであろう。

『婦男愛添寐』(丘亭春信)には、階段で男と女が情交している図がある。階段の途中に女を座らせ、男は立ったままという体位である。ベッドのある生活ならごく普通に実行できる体位だが、畳と布団の生活ではむずかしい。階段の段差を利用してようやく実現できた。ただし、春画には誇張がある。実際には階段の利用はかなり危険である。というのも、江戸時代の階段はかなりの急勾配だった。うっかり春画の真似をすると、ふたりとも途中で転落する恐れがあった。転落しないように注意しながらでは集中できまい。それとも、スリルのあるところが妙味なのだろうか。

『正写相生源氏』(歌川国貞、嘉永4年)では、地蔵堂のなかで、女を賽銭箱の上に坐らせ、男が立った姿勢で交わっている図がある。高低差を作るくふうであろうが、なんとも罰当たりな行為と言えよう。

そのほか、縁側に女を座らせ、男は庭に立ったままでする情交の図もある。これなども、ベッドや椅子がない生活をおぎなうくふうといえよう。ともあれ、いざとなれば男と女はくふうするものである。

そう考えると、ベッドや椅子がない住環境を創意工夫で克服して、江戸の男女は性を享楽していたといえるかもしれない。