●馴染み客はほかの妓楼の遊女を買えない!
 

吉原では初めての客を「初会」といった。2会目を「裏を返す」といい、3会目で客は「馴染み」と呼ばれた。花魁は初会の客にはツンとしていて話しもしない。2会目でやっと笑顔を見せる。3会目でようやく肌を許すという説があるが、まったくの俗論であり、史料の裏付けはない。一種の遊女伝説といってもよかろう。吉原の遊びを活写した洒落本や春画でも花魁は初会の客とごく普通に床入りしている。

一方、いったん遊女を買うと、客はその妓楼のほかの遊女を買うことはできないしきたりがあった。客の意向を無視したルールともいえるが、これには妓楼の側の切実な事情があった。妓楼は職住接近である。しかも、下級遊女である新造(しんぞう)や見習いの雑用係である禿(かむろ)は、それぞれ花魁に付随する仕組みになっていた。

花魁同士が客をめぐって反目すると、配下の新造や禿まで巻き込んだグループの対立となり、妓楼は立ちいかなくなる。そこで、そんないさかいを避けるため、客の取り合いにならないようにしたのである。また、花魁の馴染みになった客がほかの妓楼で遊ぶと「浮気者」として配下の新造や禿が男に制裁を加えることがあった。当然、客の側の不満は大きい。時代がくだるにつれて、制裁の慣行は消滅した。ほかの遊里の台頭もあって、吉原も強気な商売ができなくなったのだ。

馴染みの客は他の妓楼の遊女と関係できないのが原則。浮気をすると、振袖を着せられ、髪を切り落とされ、さらに顔に墨を塗られた。青楼絵抄年中行事. 〔下之巻〕国立国会図書館所蔵

文/永井義男(江戸文化評論家)