かつてカルト宗教から脱出した女性の話によると、一度脱出しても、何度か気持ちの揺り戻しがあるという。精神科医の香山リカ氏の説明の続きを聞こう。
 
精神科医の香山リカ氏

《また、マインドコントロールに近い段階まで行った場合は、脱会しても何かのきっかけでまたカチッとスイッチが入って戻ってしまうことがある。

そのひとつが「命日反応(anniversary reaction)」だ。これはもともと、近親者が死んだ命日になるとまた悲しみがよみがえってくる、という人間ならではの心理的な反応を指していた。しかし、最近は命日に限らず、何かと関連のある日に以前の状態がすっかり戻ってくることもわかってきている。パソコンが不調に陥ったときの解決法のひとつとして、過去のある時点の状態に戻してデータを復旧させる方法があるが、まさに脳にもそういう機能が備わっているのだろう。

もともと「命日反応」では、近親者とくに配偶者の死は、残された者に単純な悲しみ以外のさまざまな深刻な心理的影響を与え、その人の命日が近づくとそれがそのまま戻ることを指していた。大きな衝撃による茫然自失、「あの人が死んだなんてウソだ」という死に対する否認、混乱やパニックなどがそれにあたる。

「もうだいぶ元気になった」と思っていたのに、その死を思い出すような日付や季節が訪れると、突然、激しい悲しみや否定の感情が襲ってくる。それは本人にとってもショックだ。

おそらくこれは、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のフラッシュバックに近い脳と心の反応なのだろう。PTSDでは、事件や災害を想起させるわずかなきっかけ(大きな音やその日と同じ天候)などで恐怖がまざまざとよみがえる、フラッシュバックと呼ばれる現象がしばしば見られる。これが「日付」といった具体的な手がかりによって起きるのが、「命日反応」なのだろう。

カルト宗教などでマインドコントロールが行われた場合でも、これと似た問題がしばしば起きる。親族の説得や専門家による脱洗脳プログラムなどでやっとマインドコントロールが解けたと思っていても、たとえば教祖の声を聞いたり教団でかかっていた音楽を耳にしたりした瞬間、スイッチが切り替わったようにいっぺんにまた洗脳状態に逆戻りしてしまうのだ。

おそらく、人間の脳というのは、ある強烈な状態を体験すると時間がたってもそれをすべて消去するのではなく、あたかも記憶の中に“中敷き”を敷いてその上に新たな記憶を積み重ねていくだけなのかもしれない。“中敷き”の下の記憶は、いつまでもフレッシュなまま。だから、何かがひきがねになって“中敷き”がはずれると、すぐにその下にある記憶が鮮明な形でよみがえってしまうのだ。》

 

ある種の強烈な体験がよみがえってしまうのには、こういう人間の記憶のメカニズムが原因となっているということのようだ。         (終)