開幕から一軍にいた

 「僕はもう、残り試合を全部投げるつもりでいますよ」

 広島の今村猛は真顔でそう言った。まだ40試合も残っている時期だった。チームは首位だ。追走する2位巨人を振り払うため、そして何よりチームのためのフル回転を覚悟していたのだ。

 115試合消化時点で、チーム2位の51試合に登板する。中継ぎ登板のみの投手では、最多の投球回を誇る。

 8月にヘーゲンズの先発転向によって、勝ちパターンの7回を任されるようになったが、それまでは登板場面を問わず起用されてきた。勝ちパターンにつなぐ6回の1イニング、僅差で追う展開や同点の試合終盤でもマウンドに上がり、また大量リードでは試合を締める役割を任されたこともあった。

 開幕から打線が活発で打ち勝つ野球が目立った。だが、見方を変えれば大味な試合と感じられるような展開も少なくなかった。3月下旬の中日3連戦では初戦に2点を逆転され、3戦目には5点差をひっくり返された。試合に象徴されるように、シーズン序盤は中継ぎが整備されていたとは言えなかった。

 セットアッパーのジェイ・ジャクソンの前を任されたオスカルと中田廉が精彩を欠き、失点する登板が続いた。外国人野手の負傷離脱で、ブレイディン・ヘーゲンズをブルペンに加えられたことで勝ちパターンは確立されたものの、しばらくは試合終盤の継投は不安を残したままだった。

 開幕から今村は1軍にいた。だが、序列が低かった。出番は限られ、4月まではわずか9試合の登板。オスカルと中田の2軍降格と、今村が開幕から示してきた実力によって登板機会は急増した。

 5月は全26試合のちょうど半分の13試合に登板した。疲労が投球に影響する夏場も、誰よりもマウンドに上がり続けた。7月も10試合に登板し、8月は17日まで14試合中9試合で投げた。

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