それに加えて、単に折目正しいだけではなく、人間の本性を射貫くような辛辣さも兼ね備えているのが、渋沢氏の魅力でもあります。道徳的なことをしかつめらしく語っているだけではないのです。
 渋沢栄一氏の玄孫である渋澤健氏がまとめた『渋沢栄一 100の訓言』という本のなかに、次のような一節が登場します。

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今の青年の中にも偉い者もあれば、
昔の青年にも偉くない者もあった。
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 これは渋沢栄一氏の著書『論語と算盤』にある一節なのですが、健氏は「現代にも、見どころのある青年はいる。逆に昔だって、どうしようもない青年はいた」という現代語訳を添えています。
 いつの時代も「最近の若いヤツはダメだ」と年長者が若者に呆れ、苦言を呈してきました。でも、決してそんなことはない、というわけです。どんな時代にも、ちゃんとした人間もいれば、そうでない人間もいただろう、と。転じて、もっと公平かつ客観的に物事を、そして人物を見ていかなければならない……そんな戒めとしても受け取れます。さらに言うなら「『イマドキの若いもんは……』とケチばかりつけている年長者は、ちょっとアタマが固くなってないかね?」という皮肉すら言外に感じてしまいます。
 客観的に物事を見極めよ、という文脈でいうなら、次の指摘も見逃せません。

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世に成功熱に浮かされ、野猪的に進む者が多いが、
その多く失敗に終るは、身のほどを知らないからである。
(『渋沢栄一訓言集』より)
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 まるで熱病のように「成功したい!」と猪突猛進する人は多いが、その多くは失敗してしまう。なぜなら、彼らは自分の能力を冷静に見極めていないからだ……といったところでしょうか。
 これは決して「だから夢なんて持たず、地味に暮らしていけ」と言っているわけではありません。いまの自分の力を正しく認識して、おごり高ぶることなく、まずは自分にできることを忠実に遂行しながら、一歩一歩進んでいくことが大切。そう読み解くのが適当でしょう。

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